津野米咲さんへ送るせめてものラブレター。『泡沫サタデーナイト』に想いを馳せて。

2020年10月18日 1人のアーティストがこの世から去った。

津野米咲、赤い公園のギターリストであり、作詞家の一面も持つ。
彼女の名前がLINE NEWSとTwitterのトレンドの上がったとき、聞いたことのある名前のような気がした。
実は僕は彼女のバンド活動をしている姿をほとんど拝見したことがなく、そんな自分が彼女のファンを公言するのは、おこがましいのかもしれない。
ただ、彼女の作詞、作曲を行った、ある歌は、自分の人生の、思い出の中に、そして、現在進行形で、その歌に救われている。

「泡沫サタデーナイト」 モーニング娘。'16

モーニング娘。'16の代表曲であり、現在もライブでは、欠かせない、まさに、今のモーニング娘。といえば!という楽曲だ。

モー娘。というと、どうしても『LOVEマシーン』や『ザ☆ピース!』といった、つんく♂作詞の歌が、頭に浮かぶ。実際、自分もつんく♂作詞のモーニング娘。ソングで打線を組めるぐらい、最強ソングにあふれている。

そんな、つんく♂=モーニング娘。
モーニング娘。=つんく♂という中で、この津野米咲が描き出した、新しいモーニング娘。というあり方は当時、衝撃的だった。

この歌が、発表された、2016年を振り返ると、政治面では、天皇の、生前退位という考え、一億総活躍社会、マイナンバーの運用開始など、言われてみれば、この頃から、そんなこと言われていたなと感じるし、延期になった、東京オリンピックへ向け、当時の総理大臣、安倍晋三が、リオオリンピックの閉会式に、マリオに扮して、登場。なにか、日本が大きく変わっていく転換期のようにも感じられる。
エンタメでは、「君の名は。」の大ヒット、そして、彼女が提供した『Joy!!』を歌った、国民的アイドル、SMAPのラストイヤーでもあった。
奇しくも、その年に、世に羽ばたいた、この歌の魅力に語っていきたい。

派手じゃないだけで地味な子とか
大人しいとかわかってないね
そんなことじゃきっと週末になりゃ
びっくり腰抜かす うふふ
ああだこうだゴシップ はびこる諸説
そんなもんはスルーでいいじゃないか
私だけにしかきっと踊れない
そんなビートがある

聞いて 私
本当はもっと凄いのよ
ブルーライト消して
遊びに出かけましょう

まずは、冒頭のこの歌詞。
いつからか、社会における、個人というあり方は変わってきた。自分らしく生きる、自分のスキルを活かす。YouTuberやインフルエンサーといった存在が、大きく、表に出てきたのも、この2010年代になってからだ。
企業に勤めて、結婚して、女性なら家庭に入り、男性は支えるために、定年まで働く、そういった、いわば当たり前。という考えは、当たり前ではなくなってきた。
それは、アイドルがかわいいという、偶像、いわば神という存在から、会いに行けるアイドル、応援したくなるアイドル、アーティストを超えたパフォーマンスを披露するアイドルと、細分化されていく。
各々に注目を浴び、評価される時代は、ときに大きな批判を生む。
この年、国民的人気者として、お茶の間に欠かせない存在のベッキーがゲス不倫というワードと、共に大きく叩かれた。
だから、こそ、この歌の冒頭には、とにかく自分らしく、生きる美学が描かれている。

片手に持ったスマートな世界
読んだのにスルーは超ご法度
血眼になってつなぎ止めても
やっぱ薄くて軽い

この歌の、2番に入ると、こんなフレーズが出てくる。
スマートフォンの普及率は、2010年の9.7%から2016年には、71.8%と大きく上昇している。※(総務省 情報通信機器の保有状況)わずか数年で、この媒体は、国民に必要不可欠な存在となった。
SNSの普及は、人々の可能性を大きく広げ、コミュケーションのあり方も変わってきた。
大切な人との、メール、待っている間の、新着メール問い合わせを連打する。そんな、忘れられない思い出を作られることなく、これから先の少年少女は大人になっていく。
出会いも、恋も、インスタント化される時代、めんどくさいことも、嫌なことも、可視化される時代。それは、疲れという、精神的な消費につながる。
恋人への、既読無視は、喧嘩へ。
友達への、既読無視は、いじめへ。
良くなっていく、反面、悪くなる部分が顕著に現れ始めた、この時代に沿った歌詞。
自分自身、この記事も、パソコンから途中でスマートフォンに切り替えて、書いている。
便利なのは、間違いないけれど、彼女がつけた既読スルーから、1時間、2時間と経つ頃には、変な不信感も生まれていく嫌な話である。
かつて、チャットモンチーが、『シャングリラ』で、携帯電話をちっぽけなものと歌ったように、時代を超えて、人類は、このちっぽけなものに振り回されてることがわかる。

津野米咲が書いた、歌詞は、アイドルソングでありながら、日本に漂う、新しい可能性と、その可能性によって、生きにくくなる、2つの要素を持っている。
そして、この歌の1番の魅力はやはり、サビの部分だろう。

踊りたい!
サタデーナイト!
日々のあれこれ 思い切って後回して
踊りたい!

誰も彼もが日本の主役だ
サタデーナイト!

恋は泡沫 もうどうせなら振り回して
止まらない!
本来の心がうずいてる
Do it ……dance!

踊るのだ。序論で、あれだけ、日本人が抱える、苦しみ、可能性を、描きながら、サビの明るさや、まさに、モーニング娘。らしく、かつて、世界崩壊が謳われた、世紀末の1999年に、『LOVEマシーン』をひっさげて、国民的アイドルとなった、モーニング娘。だからこそ、できる芸当。
それを、つんく♂ではなく、作詞作曲を提供という形で、津野米咲がやり遂げたのだ。
この国に存在する全ての人が主役で、思うことはあれど、恋をして、それが泡沫のように、消えていく。ありきたりな日々のありきたりな出来事だ。
今日、電車で、すれ違った人は、ついさっき失恋したのかもしれない。
今日、改札口で、笑い合ってた2人は、ついさっき、恋人になったのかもしれない。
1人1人が、スキルを、求められ、便利さの中にある、絶望を抱えても、愛というのは、どうしようもない、恒常的なものだ。それこそが唯一無二であり。変わらない。
自分らしく、生きて、辛いことも苦しいことも、恋をして、それでとにかく生きて、そして踊るんだ。だって今日は、土曜日、明日は休みなんだから!
そんな強すぎる、サビを、津野米咲は描き、モーニング娘。のメンバーたちは踊り続ける。

そして、僕たちは勇気をもらう。
彼女の書いたこの歌を初めて聞いたとき。
もう、そこに、鞘師里保はいなくて、モーニング娘。どうなっていくんだろうと、そんな、変革期。
でも、そんなことを忘れさせる。歌を提供してくれた。
初めて聞いたその瞬間から、僕は、カラオケに行くたびに、この歌を歌った。友達の前で、恋人の前で、それは、ひどく下手くそな歌に違いない。それでもいい。この歌には、どうしようもなく勇気を感じる。
仕事が嫌で投げ出したくなったときの帰り道に、シャッフル再生で、この歌が流れてくると、どうしようもなく、涙が出た。
あまりにも、浮かれたメロディと突き抜けた歌詞はときに、心を大きく、動かす。

自分の職業柄、今年、蔓延し続けてるコロナウイルスの影響をモロに受けて、業務は大きくハードになった。自粛がささやかれる中で、必死になって、誰かのために働く。何のためにと思ったとき、彼女の書いた歌詞が、彼女たちが歌声が、こう叫ぶ。

誰も彼もが日本の主役だ

そうだ、がんばろう、あと1日でも、がんばろう。
そう思えるこの歌を書いてくれた、彼女には、感謝しかない。

そして、この歌は、当時の人気メンバー、鈴木香音の卒業ソングであることを忘れてはならない、彼女は、アイドルという華々しい世界から、卒業して、介護の仕事の勉強に専念するために、芸能界も引退した。まさに、この歌は、自分を自分のために生きる人全てに、贈る歌なのだ。

卒業ライブで、この歌を、歌う、鈴木香音は、アイドルの主役から、日本の主役へと変化する姿は素晴らしい。

なぜ、彼女が亡くなったのか。真相や経緯は、どうでもいい。
きっと、また、つまらない諸説を書いて、金儲けに利用する人もいるかもしれない。
それを、突き詰める気も咎める気も僕にはない。
知らないままでいい、僕が彼女において、知っていることは、赤い公園のギターリストであり、ハロー!プロジェクトの大ファンの女性であるということだけでいいのだ。
そして、この歌が、多くの人を救い、笑顔にさせたということ。

彼女が亡くなった日、自分は、カラオケに行く機会ができた。
ほろ酔いの中で、デンモクを叩く。

『泡沫サタデーナイト』

それは、人生における、最強の応援歌だ。

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