見出し画像

百合の花

部屋に花束をいっぱいに埋めつくした。
たくさんお金がかかった。
もうどうでもよかった。
いつかどこかの小説で読んだ、百合に囲まれて安らかに死ねる方法があるらしい。
でも別に期待してない。死ねるわけないなんて分かってる。
最後に好きな花に囲まれて好きな香りに包まれて眠るっていう夢を叶えたらそれでいい。
すべてがめんどくさくなった。
LINEが来た。
「本当に誤解なんだ。俺の話ちゃんと聞いて。」
何を今更。
私が捧げた愛、無視しといて、都合がいいやつ。
「キモイからもう金輪際私の人生に関わらないで。」
言ってやった。自分の意思に反して、感情が込み上げてくる。泣き叫びたい衝動に駆られる。
(でもここ社宅だし、隣の同僚に迷惑がかかる...)
なんて常識がこんなときでも頭をもたげてきて、さらに行き場のないしんどさが込み上げてくる。
近くの百合を手に取って茎を、感情に任せてバキバキと折る。ほんのり甘いような、ふわっとした芳香が漂う。
その香りを嗅いでいると、少し頭がふわふわクラクラとしてきた。
もっと、もっと、壊したい、美しいものをもっと、もっと!!!
夢中でバキバキと折る。
部屋中に甘い香りがはびこる。
もうなにがなんだかわからない。
樹液と涙の混じった透明な液体が部屋中にポツポツと垂れて跡が残る。部屋中を周り、目につく限り折りまくる。
頭がおかしくなりそうだ。
ただ、目の前の花を折らなきゃ、という使命感に駆られる。
頭が沸騰してきた。
興奮が抑えられない。
息を吸っても吸ってもまだ吸いたい。
壊さなきゃ。
頭が割れるように痛い。
壊さなきゃ。
息を吸わなきゃ。
「幸せにするからね。」
男なんてみんなクズだ!!!お前なんかに出会っちゃって不幸にしかならなかった。
「俺、絶対俺のこと好きにさせるからさ。」
結局好きになれやしない。1ミリも心は動かなかった。
「俺さ、そういうどんなことでも好奇心を持って調べるところ大好きなんだよね。」
心は動かなかった...
「百合香ちゃんさ、誕生日さ、百合の香りのヘアオイルとかどうかな、髪がパサパサするのが悩みって言ってたよね」
...
話ちゃんと聞いてくれて、誕生日とか記念日とか覚えてくれて、プレゼント真剣に考えてくれるの嬉しかった。

―――やっぱり好きだ。
このまま折り続けるのはダメな気がして、急いでベランダへと飛び出す。
泣きじゃくりながら、呼吸を繰り返す。
しばらく泣いて、疲れてうなだれる。
窓によりかかって涙が頬を伝わるのを静かに感じる。

「百合の花言葉って、純粋とか、純真無垢とかだっけ。大丈夫?」
どこからか、声を掛けられているようだ。
隣の非常扉から身を乗り出して、同僚がこちらに視線を送っている。
「大丈夫に見える?」
しゃくりあげながら答える。
軽く笑いながら、「百合の花を折るってことは裏切られたってところ?」と問うた。
無言でうなずく。
「そうなの、川西さんに?」
彼氏の名前だ。社内恋愛で、公認カップルのようなものだ。同僚とは部署は違うが会社の規模が小さいからか、私たちの関係は筒抜けだ。
「私、見ちゃったの。楽しそうに女の子と一緒に買い物楽しんでるの。あんなにスキンシップとって。完全に浮気だよ。」
難しい顔をしている。
「ちゃんと話し合ったの?」
首を横に振る。
「でも、絶対そう。だって女友達いないって言ってたし、兄弟姉妹いないって言ってたもん。」
「ふうん、なるほどね。でも、まぁ、決めつけるのは早いんじゃない?」
(なんも知らないくせに)
心の中で毒づくが、無言でたたずむ。
「どうしてもしんどくなったらどっちかの部屋で飲むのはどう?話聞くからさ」
下を向きながらうなずく。
「じゃ、またね」
と告げながら同僚はリビングへと続く窓をガラガラと開ける。
(そういうサバサバしてるけど妙に優しいところ、嫌いじゃない)
少し落ち着いてきて、私も部屋へと戻る。急な眠気に襲われた私は、そのままベットで眠ってしまった。

翌朝、スマホの着信音で目を覚ます。
上司からだ。
「はい。お疲れ様です。花山です。」
「大丈夫!?何があったの!?花山さんが遅刻なんてしたことないじゃない。」
一気に眠気が醒めて、スマホの画面の時計を見る。11時だ…よく見たら、着信履歴が山のように連なっている。
顔が真っ青になり、急いで起き上がりながら「本当に申し訳ありません!!すぐに行きます!」と返す。
「え、事故とかそういうのじゃないのね、良かった...。よっぽどのことがあったのかと思ったわ。気を付けてきなさいね。」
(よかった…優しい上司の方で…厳しい方は出勤じゃなかったんだ)
急いで職場に向かう準備をする。
部屋は悲惨な状態だが、そんなことに構ってはいられない。
百合の甘い香りの充満した部屋を後にする。

―――もう8時半か。遅刻分を挽回するかのように残業に勤しむ百合香は一息入れる。
職場はもうほとんどの人が帰ったようだ。少し寂しい気持ちと自分を責める気持ちが沸き立ってくる。
(なんであんな遅刻しちゃったんだろう…)
気分転換に、コーヒーでも買ってくるかと自動販売機に向かった時、声を掛けられた。
「百合香ちゃん。」
元彼だ。
今更なんだと言うのだ。
「職場では花山さんでしょ。」
誰もいやしないのに、がらりとした職場で毒づく。
「誤解なんだよ。これ、買いに行っててさ…」
「受け取って欲しい。百合香ちゃん好きかなって思って。そろそろ付き合って5年でしょ。」

強引に袋に包まれた何かを差し出される。
仕方なく受け取り、開けてみる。
―――シロの、ユリの香りの香水だ。
「じゃあ、イチャイチャしてたあの女は誰なのよ!」
「いとこだよ。幼い頃からずっと仲良しなんだ。誤解させてごめん。いくつになってもずっと子供扱いしてくるんだ。もういい加減恥ずかしいからやめてほしいんだけどね…」
うつむき、耳を少し赤らめながら続ける。
「百合香ちゃん、俺本当に百合香ちゃんのことを愛してる。絶対に裏切らない。幸せにするって、何回でも言うよ。でも、百合香ちゃんが俺の事好きになれないんだったら、不甲斐ない俺のせいだ。迷惑になって、百合香ちゃんが不幸になっちゃうぐらいだったら、俺、百合香ちゃんの前から消えるから。」
私の目を見れない様子の彼をまじまじと見つめる。
「あ、そうだほらコレ見て。」
そう言ってメッセージアプリの画面を見せてくる。
"彼女さん喜んでくれた?私にとってはまだまだかわいいゆうくんだけど、もう大人なんだよね。彼女さんと上手くいくといいね。記念日サプライズ、成功祈ってるぞ〜。"
大袈裟に大柄な筋肉の戦士みたいな人が跪いて祈っているポーズのスタンプが続いている。
「プフッ何これ」
「ああこれね!キングダム王国っていう中国の歴史上のアニメの…」
「そうじゃなくて。」
「ごめん。私がゆうとくんのこと信じられてなかっただけだった。ゆうとくんがこんなに私の事想ってくれてるの、知ってたのに。私がバカすぎて、笑っちゃった。」
「あれ、なんでだろ。まだ香水つけてないのに、百合の香りがするよ。」
「私が、バカだったから、信じれなかったから、百合の花、折っちゃったの。もう甘ったるいからさすがに嫌になっちゃうぐらい、たくさん香りを嗅いだけど、でもまた好きになれそう。」
と笑い、おもむしろに香水を手の内側にすりこみ出した。
幸せの香り。
ゆうとくんと一緒に一生この香りを嗅いで生きていけますように。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?