連載小説 メイドちゃん9さい! おとこのこ!6話「愛犬」Moonlight.
倫敦のちいさなお屋敷で暮らす、メイド(ショタ)と奥様(80歳の武器商人)の日常。二話完結式後編です。前編、メイドちゃんのターンはこちら。
「疲れたわ」
ローザは安楽椅子に身を委ねる。
くつろぐとさらに、疲労が襲いかかる。
「トシだな」
オットマンの傍らを軽くにらむ。
「若くたって、子どものエネルギーには敵わないわ」
それよりも、と葉巻に火をつける。
「よくあんなところで……、バイオテロなんてしようとしたわね、あなた」
トータリー・テムズ・フェスティバル。
老いも若きも子どもたちも、熱心に遊ぶ夏の終わり。
遊んだ売り上げの多くはチャリティとして、人々の未来を紡いでいく。
「感傷かね」
「誤解よ」
「疲労かね」
「正解よ」
「そして、君の見解も誤解なのだ」
マッドサイエンティストは、知っていることをわざわざ話す。
「私は爆弾に興味などない。ただただ、人類の細胞を活性化させたりさせすぎたり変質させたりする薬物を作成したいという、純粋な心しかないのだ」
老博士まで愚痴めいてくる。
これだから年寄りの会話は暗いのだ。
「私の不幸は、研究に没頭するあまり人間関係を軽んじてしまったことだよ。いいかね。本来の目的は細胞を変質させる薬物を、対象無差別に実験して完成させることなのだよ」「それで爆弾狂いの似たものと手を組んだわけ? ドクター」
紫煙をくゆらす。
「似たもの? 勘違いしては困る。彼の爆弾は確かに画期的だ。ペンダントほどのサイズでありながら、倫敦全域を吹き飛ばす威力を持ち。しかも起爆は遠隔操作でパスワード入力式。しかしだ、あの若者はまるきり勘違いしている。倫敦全域を吹き飛ばしてしまったら、一緒に薬物をふり撒いても実験対象がいない。本末転倒はなはだしい! ただ吹き飛ばすだけの発明品など、画期的以上の価値はないのだよ。ミューズの女神が愛するのは、工学より化学――」
ローザは途中から聞き流している。
年寄りの会話は暗い上に、話を聞かないものなのだ。
「それで、結局、その姿」
マッドサイエンティストは尾を垂らす。
「うむ……。まあ……。戻れなくなることは計算外だった」
大きく老いぼれたむく犬は、青菜に塩と尾を垂らす。
逃亡のための仮の姿。の、予定だったと嘆く。
「因果応報」をぼんやり思う。
東洋のどこだかで聞いた言葉だ。
「しかし、まあ、よくきく傷薬を作っているのだから、これは居候ではなく下宿人と扱うべきではないかね。今日の仕打ちはあんまりだったのでは? 眠りこけた子どもを運ばせるなど、危うく全身を骨折するところだったぞ」
ローザもつらつら言い返す。
「今日の私は児童合唱を聴いて。ポンド札を無理矢理という形で寄付して。ユーリをスカートからひっぺがえしてボートに乗せて。その間にあなたが逃げ出したテロ集団の取りこぼしを片付けて。露天でチップスとけばけばしいキャンディを買って。ユーリをスカートからひっぺがえして夕食に食べさせて。その間にお片付けの件をヤードに連絡して。なじみのパブでやっと一息つけると思ったら、子連れを理由に入店を断られたの。
逃げ込んできた老いぼれドクターの骨になんて、かまっている余裕はありません」
ドクターは引き下がりかけたが。
「いや」
指摘する点を見いだした。
「最後の件は君の落ち度ではないかね」
ローザは聞かなかったフリをする。
ヤードへの連絡を、詳細に記し始める。
年寄りの会話とはこういうものだ。
都合の悪い話は聞かない。
「うむ。しかし、あのユーリとかいう子どもは、なかなか見所があると思うね。今の私はたいがい大きな犬なのだが……。頼らず野良猫に立ち向かったのだから」
「そうでしょう? きっと来年にはスカートに隠れたりしなくなっちゃうわ」
年寄りの会話とはこういうものだ。
都合のいい話だけ、しっかり聞く。
おしごと おしごと 奥様はおしごと
メイドちゃんはちっちゃいから もうねんね
2021/01/24
毎月第三金曜日更新。次回は4月16日(金)!
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