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連載小説「メイドちゃん9さい! おとこのこ!」6話「愛犬」おひさま!

毎月第三金曜日更新。2話完結前編。

 伝統と文化の街、倫敦。
 この物語は、倫敦のちいさなお屋敷を舞台にお届けする。
 9歳のちいさなメイドちゃんと、お年を召した奥様の、1年間の日常です。
 
 夏はしずしず去りゆきて。朝の寒さが舞い降りて。
 メイドちゃんのお仕事も増えました。
「さむぅいね」
 クラシカルなメイド服の上には黒いポンチョ。ふわふわ白いポンポンつき。
 メイドちゃんはローブと呼びたい装いですが――。
 ご婦人方は皆、「あら、ポンチョね。かわいーい」です。
 ハリー・ポッターは遠ざかれども……。
 ご婦人の好評に立腹などは、無粋な男のいたすこと。
 ポンチョのポンポンゆらゆら揺れる。
 大事な朝のお仕事です。
 しかと握るは真っ赤なリード。
 従えたるはわんわんちゃん。
 大きな大きなむく犬です。
 奥様を頼ってお屋敷にきた、おじいさん犬。
 おじいさんだから、メイドちゃんが乗ったらぺしゃんこだそうです。
「おっきいのにね」
 少し残念なメイドちゃんです。
 ごはんはスコッチだけ。きっかり半パイント。
 犬も人もお年寄りになると、お酒でおなかが膨れるのでしょうか。
 生物学に思いをはせる9月。
 夏の終わりの1ヶ月。
 トータリー・テムズ・フェスティバルの期間です。
 奥様はしきりとメイドちゃんにすすめてくださるのですが。
 サーカスもボートもお菓子もアートも音楽もあると、真心込めてすすめてくださるのですが。
 楽しい楽しいお祭りだそうですが。
 子ども向けの遊び場には、子どもがいっぱいいるもので。
 お隣のペーターも寮に帰りましたし。
 何より、このわんわんちゃんとのお散歩という大事なお仕事が増えましたし。
 今なら、リージェンツ・パークでいじめっ子に会わずに済みますもの。
 頭をふるふる勇気を奮い。
「いってきまーす!」
 いざ今行かん、公園の散歩!

 リージェンツ・パークは歩いてすぐです。
 広い公園です。
 広いので、すぐのところまでしか行きません。
 もっと行くと、カレッジやカフェもあるそうですが。
 男子たるもの芝生でごろん。
 赤茶のむく犬わんわんちゃんは、リードを離すも泰然自若。
 大きな体を一緒にごろん。
 朝露がちいさくスカートを濡らします。
 離れたベンチにベビーカー。母子そろってまどろみの中。
 メイドちゃんにママはいませんけれど、優しい奥様がおられますし。
 いじめっ子たちの言い分は、難癖に過ぎぬとわかっているのですけれど。
「さむぅいね」
 同意の仕草のわんわんちゃん。
「帰ろうか」
 ちいさな僕らのお屋敷に。
 80歳の奥様が、気をもんでらっしゃるお屋敷に。
 メイドちゃんとて、本当は。
 けれどもけれども。
 でもでもでも。
 にゃおん。
 がばりと起き上がるメイドちゃん。
 視線の不幸には樽のような巨体。
 なんと、彼奴はここまで手を伸ばしていたか。
 物思いにふけっている場合ではありませんでした。
 おのれ宿敵にゃんにゃんちゃん。
 歯がみするメイドちゃんを蔑み。彼奴の視線はわずかにそれて。
「あ、ダメ、ダメー!」
 ベビーカーに飛び乗らんとするではありませんか!
 彼奴は悪辣にゃんにゃんちゃん。猫といえども巨体で肥満。
 されど危険に気づかぬ母子。
 二人そろって夢の中。
 老いたるむく犬、メイドちゃんを見上げます。
 メイドちゃん、とくと説き伏せます。
「ここでおとなしく待っててね。僕は行かなくちゃいけないの」
 しかと断言。
「にゃんにゃんちゃんは僕の宿敵なの」
 わんわんちゃんに背を向けて。
 邪悪な爪牙を許さじと。
「とおっ!」
 飛びかかるメイドちゃん。
 バリバリバリッ。

「わああああん、奥様あああ。しみるよう。痛いよぉおお」
「我慢なさい。ばい菌が入ったらもっと痛いのよ」
 にゃんにゃんちゃんはあっさりと、メイドちゃんに矛先を変更し。
 いつも通りに、メイドちゃんは負かされ泣いて帰ってきました。
 少し前までは引っかかれると病院送りでしたが、今は特製傷薬です。
 これがこれでしみるのなんの。
 泣いて帰ったメイドちゃん。さらにギャン泣きせざるを得ません。
 そのとき響くチャイム音。
 奥様は治療の手を止めます。
 メイドちゃんはべそべそインターホンに。
「はあい。どちらさまですか」
 と、カメラに写った来客にびっくり。
 ひいふうみいよ。
 5人のいじめっ子勢揃い。
 思わず離れるインターホン。
『ユーリか?』
 あわあわあわ、リーダーです。いじめっ子のリーダーです。
「どうしたの?」
 奥様に怪訝と問われましても。メイドちゃんにも何が何やら。
 お屋敷までいじめにきたのでしょうか。
 奥様の背後に隠れます。
 インターホンの向こうには、どのみち見えないのですが……。。
 リーダー、しばし沈黙し。
 言いづらそうに口を開き。
『今までごめんな』
 謝りました。
 驚天動地の事態です。
『ユーリ、俺の妹守ってくれたんだってな。もう悪口言わねえよ。ごめんな』
 妹? あのベビーカーの赤ちゃんでしょうか。
 にゃんにゃんちゃんに負けた後のことは知らないのですが。
 放って帰ってしまったのですが。
 どうやら無事だったようです。
『それでさ。おれたち、トータリー・テムズ・フェスティバルで合唱するんだ。よかったら見に来てくんねえか』
 トータリー・テムズ・フェスティバル!
 本当は本当は行きたかった、トータリー・テムズ・フェスティバル!
 もういじめられる心配はありません。
 メイドちゃん大いに喜んで。
 でも。
 でもでも。
 初めて行く場所に1人は軽率。
 ええ。軽率だからですとも! 怖いからだけでなく!
 ですので。
「奥様、一緒に行ってくれますか?」
 1人で行くのはまた今度。日曜日にと約束です。
 Next Moonlight.
 2021/01/24

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