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連載小説「メイドちゃん9さい!おとこのこ!」10「誘拐」sign of rain.

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 午睡。
 短い眠りを補うまどろみ。
 老人の糧。
 若き日の栄光にすがり、睡眠薬を食いあさる者もいるが。
 ローザはまどろみを気に入っている。
 ベッドに流れた赤毛はほとんど白く。湯とシャンプーの香りをさせている。
 ガウンの下も白い。
 数年前、ある日本人が「トキのようだ」と表現した肉体。
「天然記念物だよ」
 結局。一夜のあやまちの女で終わった。
 そして今。1月の曇った冷えた朝。
 ローザの可(か)愛(わい)子(ご)は、恋敵の元に着いただろう。
 何度も男を奪い合い。
 最終的に、生涯ただ1人の愛人となった女。
 クラシカルなメイド服を、律儀に無邪気に着続けている男の子が、ローザの可愛子が訪れる。
 1階の窓をノックする。
「こんにちは、マダム・スワン」
 女は、脂肪にたるんだ体を動かし。
 かつて男たちを魅了した、豊満な体を動かし。
 のそのそと動かし。
 葉巻の箱を、ぞんざいに。
 チョコレートボンボンの箱を、大事に取り出し。
「いらっしゃい、ユーリ。おつかいご苦労様」
 葉巻の箱を渡してやって。
「おまじないをかけてあげる。キラキラのお目々を閉じて、かわいいお口を開けてごらん」
 わくわくと従うユーリの口に、チョコレートボンボンを放り込む。
 たった9歳のちいさなメイド。
 ローザの可愛子。
 まどろみ。
 ふいに背筋を寒気が走る。
 勘。
 培(つちか)って研ぎ澄ました生きる術(すべ)。
 電話が鳴る。
「ハロー?」
「ローザ! 大変よ! ユーリが誘拐されたわ! うちから10歩と離れてないところで!」
 頭の中が白くなる。
 混乱。
 混乱している。
 ローザ・テーラーが混乱している。
 自分が混乱しているとわかる。
 それ以外のことがわからない。
 自分がはうしてしまったのか。
 ユーリはどうなってしまうのか。
 手が震える。
 80年。
 80年も自分は何をしていたのか。
 何もわからないではないか。
 何も。何も。
「ローザ、車のナンバーを覚えてるわあたし」
 混乱は続く。
 早口に言いつのる。
「車って。誘拐犯の車? それは確かなの? それは確かな番号なの? それは――」
「しっかりおし!」
 恋敵の一喝。
「あたしがなんで売れっ娘(こ)だったか忘れたの? 客の電話番号を一度で覚えるからよ! それであたしが誘拐犯に言ってやったのはね! 「あんたたち後悔するわよ! 絶対に手を出しちゃいけないモンに手を出した! あんたたちは今、グラウンド・ゼロよ!」って!」
 混乱の沈静。
 ローザ・テーラーの頭が冷える。
 代わりに瞳に炎が宿る。
「ありがとう。やるべきことがわかったわ」
 鮮紅の花が燃えさかる。
「グラウンド・ゼロよ。開始する」

 おしごと おしごと 奥様はおしごと
 メイドちゃんのゆくえは どこかしら

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 2021/06/19
 次回は9月17日(金)更新! お楽しみに!

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表紙は花兎*様(Twitter:@hanausagitohosi pixivID:3198439)より。ありがとうございました。

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