雪の中のオーバーオール

(真冬の山は恐ろしい。命などあってないようなものである。しかし、人はスキー場の建設によりその事実を忘れさせる。そこで、恐怖は形を変えて人の前に現れるのだ。)

見間違いをいい大人が信じるなんて恥ずかしいことだぜ

 まあ、自分の目で見るといいよ。世の中そんなに論理的じゃないんだ

しかし、論理的なものでないと大人は信じないのさ。そこが大人と子どもの明確な違いだ

 だったら私は子どもで構わんさ。論理的な世界では説明できない衝動があるのも事実さ。理論も法則も、情動の前では無力だ

まあ、いいよ。君の見間違いをあらゆる論理で説明することができれば、君の情動信仰も解けるだろう。しかし、きみの会社もおかしいよ。上層部まで信じているのだから。きみの妄言を


 あれだよ。スキー場建設のためその予定地を視察していた時に見つけた。奴が立っているのは一番太いコースにする予定地のど真ん中だぜ?
 誰も俺がいうことを信じない。しかし、俺の友人代表としてあれをどう見る?

気味が悪いね。冬となって工事が中断されたからこうして忍び込んでいるが、奴も同じように忍び込んだのだろうか

 わからん。きみの悪いオーバーオールはずっとあそこに立っているんだ。怒って退けてやろうと近づいていくと消えるのだ。跡形もなく。足跡もない

幽霊だってか?そんな非論理的な…

 いや、あれ以上論理的なものはないと思う。明確なルールが存在するのだ。見えなくなったので元いた場所に戻る。そして振り返れば、そこにオーバーオールは立っているのだ。ものを投げても、立っていたであろう場所に

確かに、論理的かもしれんな。でもそれだったら無害じゃないか

 いや考えてもみろ。スキー場のコースの真ん中にオーバーオールが立っている。危ないと注意する者も出てくる。しかし、近づくと気持ちの悪い男が消えてしまう。気分のいいものではない

厄介だな



このあと数年がたって、変わったスキー場がオープンした。ドレスコードがあるスキー場である。それは入場者すべてにオーバーオールの着用を義務付けたのだ。

意図は全くの不明である。

しかし、奇妙なルールは話題を呼び、スキーウェアの新たな潮流を産むまでになった。


時たま、思い出したように妙な噂がたった。スキー板も何もつけずにただ立っている男がいる、という噂だ。

しかしそんな噂など掃いて捨てるほどありふれている。

いまだにオーバーオールの男が本当にいるのかは誰も知らない。


まわりまわって、世の中が幸せになる使い方をします。