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中石斉孝さん - 制度作りの極意を知る人


国の制度を作る仕事

小学校の頃から歴史物が大好きでした。魏呉蜀ぎごしょくや大和朝廷から戦国時代、明治維新、世界大戦までのさまざまな戦略、国家設計や制度改革を何度も読み返しました。実家が山口県の系譜なので、特に明治維新には強く惹かれていました。そこで「国の制度設計」に携わりたいと思い、関西から東京に出てきて国家公務員を目指しました。

平成元年4月1日に通商産業省に入省したのですが、配属先は税制担当の課で、何とその日は消費税導入の日。いきなり異常なピリピリ感の洗礼を受けたのですが、それが特別というわけではありませんでした。その後、日米協議、GATT交渉、中央省庁再編、震災復興、アベノミクス成長戦略、企業再生等々と、十分に寝る時間がとれないような刺激に満ちた仕事の連続でした。

制度作りをしているなかで、気付いたことがありました。うまくいく制度は「あの○○は俺が/私が、やった」という人があちらこちらに発生するのです。私としてはもちろん自分がいなかったらこの制度は立ち上がらなかったという自負があります。しかし、制度・政策が持続的に回っていくには、実務担当者、制度利用者、政策決定に関与した人たち全てにオーナーシップを持ってもらうことが大事。そうすれば、自分がいなくなっても制度はひとりでに進んでいきます。

なので、私はまず現場感覚を得たうえで、政策・制度を企画立案するようにつとめました。担当者や制度利用者から「自分達のことをよく理解してくれている」という信頼を得るためです。次に、政策決定の関係者には「自分の言うとおりになった」と思っていただけるよう工夫をしました。「他人からやらされたもの」は続きませんが「自分から気付いたもの」は続きます。一種の政策OEM生産ともいえますが、自分には常々「一隅を照らす」と言い聞かせています。

*「一人一人が自らの周りを照らせば社会全体が明るくなる」ことから、「誰も注目をしないような片隅にある物事でも、自分の居場所を踏まえて手を抜かずに取り組むことで、世の中全体が良くなる」という考え方。

大きな転換期にロンドンで感じたこと

いま、世界は転換期をむかえています。気候変動、コロナ・パンデミック、ウクライナ戦争といった巨大な出来事が連続するなか、革新技術のブレイクスルーで、人間社会・産業構造・国際秩序はこれまでとはまったく違うものに作りかえられつつあります。

英国はこの3年間、幸か不幸か、時代の最先端を走らざるを得ませんでした。そこで幾つものことを目の当たりにしました。まず、コロナ対策。当初の対応で大失敗をしながらも政府と市民が協力して猛烈に巻き返し、2022年2月には世界に先駆けて規制を全面解除しました。機動的な水際措置、圧倒的規模のコロナ検査、迅速なワクチン接種から規制解除に至る手順は絶妙でした。

BREXITブレグジット交渉では「英国vs欧州大陸側」という伝統の一戦を垣間見ることができました。また、2021年1月の日英EPA**発効、2023年1月の日英部隊間協力円滑化協定、3月の英国のCPTPP***加盟などを経て、おなじ西側諸国としての日英関係が劇的に変わる様子を肌で感じました。

**日英EPA(Economic Partnership Agreement);日英経済連携協定、英国のEU離脱後の日本と英国間の経済連携協定
***CPTPP (Comprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacific Partnership、環太平洋パートナーシップ);アジア太平洋地域における経済連携協定。 関税を引き下げ、貿易・投資の自由化を進めるとともに、公正な通商ルールの構築を目指す

2022年5月、STSフォーラム、EU本部・欧州議会ホールにて

2022年2月にはじまったウクライナ侵攻の影響による供給制約で、英国今、1970年代の石油ショック以来のインフレに苦しんでします。背に腹はかえられず、デジタル革命、エネルギー変革、経済安全保障などの時代課題に次々と対応していますが、その取り組みからは日本も多くのことを学べます。

英国人の船乗り気質

折しも、この駐在期間中には、去年(2022年)はエリザベス2世の在位70周年記念、続く崩御・国葬、そして今年、チャールズ3世とカミラ女王の戴冠式もありました。荘厳な儀式に心を奪われながら「英国人は普段はだらだらしているくせに、いざという時には驚くほど力を発揮するなあ」と感心しました。

これは「船乗り気質」と言っていいのではないかと私は思います。

なぎの時はすることがないから甲板でのんびりしていますが、いざ嵐が来たら各自が持ち場について命がけで働き、全力で協力して危機を回避しようとするのが船乗りです。

英国人の達観さも凄いですね。昨夏、エジンバラ行きの特急列車に乗ったところ、お昼頃に途中のニューキャッスル駅で急に電車が止まり、この先は不通としてロンドン行きに変更されました。次の電車を駅員に聞いても「まあ3時間後くらいかなあ」程度のことしか答えません。乗客は皆「仕方ないなあ。まずはランチでも行くか」という感じで、三々五々散っていきます。どうしようもないことを怒っても仕方がないという風で。

日本で新幹線が止まったら「申し訳ありません」のアナウンスが何度も流れ、駅員はペコペコ謝り、それでも怒り出す人がいそうです。万事、英国人はそんな感じで、人生を楽しむことを優先するのがうまいと思いました。

仕事では欧州各国を回るかたわら、個人旅行は英国内の各地へ足を運びました。スコットランド、ウェールズ、コーンウォール、ヨークシャー等、美しい自然のなかでゆったりとする英国流の休暇をすごし、常に忙しく生きてきた私も、オフには楽しみを優先する「船乗り気質」を覚えた気がします。

スコットランドのGlencoe(グレン・コー)渓谷。ハリーポッターのロケ地としても有名

想定外から拓けるキャリア

日本も長きにわたる伝統のある素晴らしい国です。が、なんとなく仕事でも旅行でも「○○しなくっちゃ」と前のめりで、いそいそしてしまうイメージがあります。同じ島国の英国人から、自分のペースを大事にする「船乗り気質」を取り入れると良い気がします。

若い方は、仕事について「理想のイメージ」をお持ちかもしれません。しかし、実際に社会に出て与えられる仕事はそれにピッタリ沿うことばかりとはかぎりません。私自身を振り返っても、自分が思いつくことは所詮しょせん範囲が狭く、想定外から思わぬ道がひらけることが多かったと思います。

先の見えない時代だからこそ、どんなことからでも学ぶ姿勢で人生を楽しんでください。理想も大事ですが、前のめりになりすぎず「人生、面白おかしく」「待てば海路かいろ日和ひよりあり」な英国人気質もまねると良いでしょう。