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IPO準備中のスタートアップ企業における監査役制度のミスマッチ

かつてこんな事をTwitterで呟きました。

というわけで、何故そう思ったのかを書きます。なお、このツイートは「スタートアップで監査役監査やガバナンスなんてメンドクセー、内部統制ホロビロ」ということを言いたいわけではないです。

では、前準備として、言葉の定義をいくつか挙げておきます。


内部統制とは

内部統制の定義については、会社法と金融商品取引法の2つの法律において定められています。

会社法:

企業が事業目的の達成のため、組織を整備・運用すること。具体的には、「業務の有効性および効率性」「財務報告の信頼性」「事業活動にかかわる法令等の遵守」「資産の保全」の4つの目的が達成されるように業務に組み込まれ、組織内のすべての者によって遂行されるプロセスをいう。
(「日本大百科全書(ニッポニカ)の解説」より)

金融商品取引法:
上記4つの目的のうち「財務報告の信頼性」を目的としたもの


監査とは

特定の経済主体における経済活動とその結果について、それに関与しない者が、その正確性、適正性あるいは妥当性などを判断し、その者(監査人)の責任において意見を表明すること。
(「日本大百科全書(ニッポニカ)の解説」より)

企業における監査は、公認会計士監査、監査役監査、内部監査の三種類があり、「三様監査」と呼ばれています。それぞれが相互に連携して監査業務を効率的に行います。

公認会計士監査:
監査法人(公認会計士)が金融商品取引法に準じた監査を行い、会社が作成した財務諸表等に関する監査報告書を作成します。

監査役監査:
会社の独立的機関として株主総会で選任された監査役(会)が、会社法に基づいて取締役の業務執行状況を監査し、株主に報告します。

内部監査:
内部監査規程に基づいて、内部監査室(内部監査人)が、経営計画や社内規程等に従って企業活動が効率的かつ適切に行われているかを監査し、経営者に報告します。


成長フェーズに沿った内部統制の自然発生例

では次に、上場準備の観点は無視し、組織の成長フェーズだけを軸として考えた場合の、内部統制の自然発生についての私の脳内イメージをざっくり書き出してみます(業法は組織の成長フェーズとは無関係に遵守しなければいけないので、その点のコンプライアンスついては割愛します)。

※前提として、CEO=会社の一人オーナー(株主)であり、業態はコンサル営業とします。


従業者数1名~数名で事業を開始:CEO以外の役割に大きな差はなく、全員フロント

プロダクト開発などで狭いオフィスに寝袋を持ち込んで働き方改革などガン無視の労働時間。経理処理は顧問税理士に丸投げし、他の事務処理はCEOもしくは各々で行う。理念はあれど規則などなく、やれることは全部やってみる。


従業者数5~10名:バックオフィスの職務分掌が派生

プロダクトを売り始める。まだ組織的上下は少なく、みんなでわちゃわちゃしている。そろそろ事務員が欲しくなる頃。ただし、まとまりのない事務作業量および内容なので、専門的知識のあるバックオフィス人材の必要性を感じず、経理処理は相変わらず顧問税理士におまかせ。初バックオフィス人員は庶務&営業事務的動きをし、CEO直下という位置付け。つまり、基本的にはフロントも含め全員をCEOが指揮命令。


従業者数10~20名:チームマネジメントの始まり

フロント業務においてチームができ始め、チームリーダー的マネジメントを行う者が複数存在する。フロント業務の従業員において監督する者とされる者に明確に立場が分かれるようになる。つまり、従業員が部下となる他の従業員の行動を監督するための指針となる言語化された業務ルール的なものが必要になる。内部統制の芽生えである。また、従業員が10人以上になれば就業規則の作成が義務となる。定款以外で初めて規定される社内規程かもしれない。
バックオフィス人員がもう一人増員され、先のバックオフィス人員と役割を分担する。双方のスキルに差があれば、上下関係が発生する可能性がある。


従業者数20~30名:マネジメント不足と人事担当者の登場

フロント業務は人員を分けてさらにチームを増やす必要があるが、マネージャーが足りなくなってくる。従業員へのマネジメントが不足すると社内コミュニケーションが減り、雇用した分だけ辞めていく。いわゆる30人の壁である。マネージャー候補を含めた人材採用の質の向上、新入社員のフォロー等、人事専任の担当者が必要になる。
人件費増等により一度に多額の金銭を支出するタイミングが増えるので、社内でのリアルタイムな資金管理の必要性が高まり、経理総務専任の人材を雇用する。バックオフィスの機能は営業事務と本格的に分離し、営業事務はフロント業務のマネジメント直下、人事と経理総務はCEO直下となる。


従業者数30~50名:マネージャー育成と管理部門の構築

フロント業務で実績を上げてマネージャー昇格する者が増える。一見マネジメント不足が解消したかに見えるが、マネージャーに対する教育体制がまだ弱く、チームメンバーに対する指導力にムラがあるため、ある一定数以上社員数が伸びない。いわゆる50人の壁である。マネージャーの指導力を上げるには、携わる業務の付加価値についての解像度アップや、それをチームメンバーに伝達しやすくする業務マニュアル等の整備、人事評価制度等が必要になる。なお、この頃になると営業本部長的存在が登場する。
バックオフィス業務の増加により、経理、採用、労務、広報、情シス等の業務権限の分離が増えていき、それらを統括する管理部長のような役割の人材が必要になる。また、業務権限の分離が増えると業務分掌規程や決裁規程などの承認フローの構築が不可欠となる。


従業者数50~100名:CEOの権限移譲の加速

もはやCEOひとりで会社全体を見渡すのは難しくなってくる。COOやCFO、もしくは常務や専務など呼び名はいろいろあれど、少なくともフロントとバックオフィス両面において、経営戦略の実現を担う業務執行役員的存在が必要となってくる。営業本部長や管理部長がCOOやCFOになるか、外部から人材を引っ張ってくるかは企業により様々である。彼らを監督するのがCEOの役割となり、フロントとバックオフィス業務が経営理念や業務ルールに沿って問題なく執行されていることを監視するため、CEO直下で内部監査的存在が登場する。


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だいぶん偏見が入ってますが、組織の成長フェーズだけを軸として考えると、自然発生的な内部統制はこんな感じでしょうか?
御覧のとおり、COOやCFO的役割が存在したとしても、取締役会が設立されなければ監査役も設置義務がないので存在しません。

取締役会の設立が必要となるのは、CEO以外の他の株主が現れ、CEOの首に鈴をつけなければならない、つまり企業における所有と経営の分離が起こったときです。取締役会でCEOを含む取締役同士が互いの業務を監視し合い、そして監査役が株主に代わって取締役(会)を監視します。

CEO=一人オーナーの企業の場合でも、企業規模が大きくなってくると、所有と経営の分離は起こり、取締役会や監査役が設置されることはあります。配偶者や子供に株を譲渡したり、役員として取締役会で議決権を持つなどして、CEOが暴走して会社(=家族)の資産を損なうことを防止したりするからです。


スタートアップ企業における監査役監査の機能不全

例えば上記の「従業者数30~50名」のスタートアップ企業がVCなどより資金調達し、上場を目指すことになったとします。この時期でいきなり取締役会と監査役を設置することになったらどうなるでしょうか?

この時期において、業務における暗黙知は多々あれど、ルールとして言語化された社内規程は、法律上必要なもの以外はほぼ制定されていないと思われます。内部統制とは、目の前のリスクへの対処など、整備しようという動機が現れないとなかなか目に見える形で構築されないものです。

監査役は取締役が内部統制の整備と適切な運用を行っているかをチェックするのが責務のひとつです。しかし、社内規程がなければ整備状況の評価については「不備なので整備してね」と意見を言うしかありません。

同様に、社内規程がいくらか整備されていても、それらが現場で適切に運用されているかをモニタリングする内部監査室が設置されておらず、内部統制の運用評価がなされていなければ、こちらも「ちゃんと運用してね」と意見を言うことしかできません。

監査役の役割はあくまで取締役が(内部統制の構築・運用も含めた)職務執行を適切に行っているかのチェックであり、その結果について株主に報告したり経営者に意見したりすることです。内部統制の構築が役割ではないのです。


スタートアップ企業の監査役に求められる本当の役割とミスマッチ

かといって人材の層がまだまだ薄いフェーズにあっては、取締役は現場の業務の質を磨くことに精一杯で、内部統制の構築にはなかなか手が回りません。そのため、監査役は業務執行をしてはいけない(自己監査になるので)という建前に反して、最優先に内部統制を整えないといけない管理部門の責任者と一緒に内部統制の整備ができる人であることが求められてしまうという現実があるのではないでしょうか。

しかし、実際にスタートアップ企業が監査役を求める場合、どんなペルソナを設定しているでしょうか?
上場企業での監査役経験者でしょうか? それとも内部監査経験者?
留意しなければいけないのは、監査役監査や内部監査の経験者でも、内部統制の構築を積極的にフォローできるマインドの持ち主とは限らないということです。

上場企業の経験者がスタートアップ企業に入社して、あれもこれも仕組みができていないとストレスを溜め込んで辞めてしまうことがあるように、内部統制システムの整った会社で監査役や内部監査室の経験がある人がスタートアップ企業に監査役として就任した場合、不備のある部分を指摘することにひたすら血道をあげることになるかもしれません(実際それしかやる事がないので仕方ありませんが)。


<最後に>

本来監査役の機能は、内部統制の整備と運用がある程度進んでいないと発揮されづらいものです。実際監査役に関する本を読んでも、内部統制の構築がまだまだ進んでいないスタートアップ企業への対応法を書いているものはなかなか見つかりません。そのような企業に監査役として就任する側、監査役を受け入れる企業側、双方に相当の葛藤が生じることは覚悟した方がいいかもしれません。


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