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【166】本の話:「西の善き魔女」荻原規子さん 2023.8.31


0 一節だけの引用

 本のことを書くとき、引用するのはやめようと思っていました。真っ白な状態で読んで欲しいと思うので、でも、一節だけ引用と質問を許してください。

「けれども、この先、星女神のことを考えるときには、礼拝堂の女神でなくさっきのあんたを思い浮かべるよ。星空の下の女の子を ー たぶんずっと」

 これは、いつどこで誰が誰に言った言葉でしょう

 この一節を頭に留めながら読み進めていただけたら嬉しいですね。
 そして、わかった方メッセージくださったらもっと嬉しいです。

1 面白すぎるファンタジー

 この本は僕はもう4、5回は読んでいます。
 荻原規子さんのこの「西の善き魔女」「RDG レッドデータガール」のシリーズは、なんでこんなに好きなんだろうと自分でも不思議なくらい大好きなのです。
 特に「西の善き魔女」は、読者よりも何よりも荻原さん自身が一番楽しんで書かれたのではないでしょうか。
 先日図書館に行ったときに「西の善き魔女」中央公論新社版のハードカバーが書架に並んでいるのを見つけ、手に取ってパラパラっとめくってみたら、もう我慢できず、1-4巻を借りてきて、ほぼ1日1冊のペースで1週間で一気読みしてしまいました。年のせいで記憶力が低下しているせいもあり、また毎回ストーリーを追って、先へ先へと読み飛ばしてしまっていることもあって、読むたびに新しい発見をしながら読み切ってしまいました。 

2 荻原規子さんの描写力

 物語は竜や騎士や、お姫様の出てくるファンタジーなのですが、荻原さんの、その虚構の世界のリアリティを支える描写力がすごいのです。
 
 状況描写の名手として僕が尊敬してやまないのは藤沢周平さんなのですが、荻原さんの描く主人公フィリエルの育った北の高地セラフィールドの風景の描写は、凛として美しく、簡潔でありながら、目の前にその北の地が拡がるような気持ちにさせられ、日本の東北の小藩とは全くかけ離れているのですが、ふと周平さんの世界を思い起こしたのでした。

 けれど、周平さんには生まれ育ち慣れ親しんだ米沢というモデルがあり、実際に見て体験したものを元にして生みだし、描写したものだと思うのですが、荻原さんの場合は舞台は架空世界なのです。
 架空世界を構築し描写するのは周平さんの場合よりはるかに難しいことなのではないでしょうか。
 
 私は、セラフィールドの描写から「嵐が丘」を連想しました。
 舞台はイギリス北部、イングランド、スコットランド、アイルランド、ウェールズといったケルト民族の世界に近いのかと思いました。

 荻原さんの頭の中に何らかのモデルがあり、実際に現地に行って取材をされているのかもしれません。
 そうだとしても、そうした地を単に旅しただけでなく、四季を通してそこに住んで、季節の移り変わりを体験しないと書けないような愛情と感動を感じるのはどうしたことなのでしょう。

 どうやったら、こんなにリアルに精緻に空想世界を構成できるのか?
 ただただ謎
です。

3 物語は?

 申し訳ありませんが物語の内容については触れません。余計な情報なしでこの本を読んで欲しいと思うからです。

 言えることは、とにかく面白い、面白すぎて読みだしたら止まらなくなることは間違いということのみです。

4 ラノベというジャンルの評価の低さについて

 この本はジャンル的には、児童文学というか、ヤングアダルト向きのライトノベルということになるらしいのですが、日本においてはこうしたライトノベルであったり、架空世界のファンタジーであったりの分野への評価が不当に低いのではないかと私は常々思うのです。

 陰気で空想力の欠片もなく。うじうじと後味の悪い独善的私小説風のいわゆる純文学とやらが、いまだに文壇的には高級なものとされるような風潮があるのは馬鹿げた話だと思います。
 大人向けサービスだと思っているのか、およそ必然性のないベッドシーンを差し込んでくるのも、いい加減にして欲しいと思います。

 どんなジャンルだろうとよいものはよいし、面白いものは面白いのです。

 小野不由美さんの「十二国記」、阿部智里さんの「烏に単衣は似合わない」、高田大介さんの「図書館の魔女」等々はもっともっとオールジャンルで高い評価を得て当然だと思うのです。

 この「西の善き魔女」などは芥川賞のようなメジャーな賞を取ったって不思議ではない本でだと私は思います。

 というのは、実は、図書館で本棚に並んでいたのは第一巻だけで後の二-四巻は閉架式の書庫に収納されていたのです。
 司書の方に理由を聞いてみたら、書架には限りがあり、もう古い本だから新しい本と入れ替えて閉架式の方に移したとおっしゃるのです。
 もしかして近い将来第1巻も閉架式に移された、その後廃棄されるようなことになるのかもしれません。

 このような子供も大人も充分に楽しめる素晴らしい本が、忘れ去られてしまうことになるかもしれないことに危機感を抱きました

6 装丁:挿絵について

 この本を読むならば、できるなら中央公論新社版のハードカバーで読んで欲しいと思います。
 なぜなら佐竹美保さんによる表紙、挿画が素晴らしいからです。
 英国児童文学の王道を行くといった挿画の雰囲気が「西の善き魔女」にぴったりなのです。
 この画がないと「西の善き魔女」は完成しない、そんな風に思います。

中央公論新社版のハードカバー 全4巻
 

 もう一つ感じたのは「アンの末裔」ということでした。主人公フィリエルの  赤銅色の髪と、空想的でありながら真直ぐに突き進む行動力は、赤毛のアンのキャラクターが投影されているように感じるのは私だけでしょうか。 多分、荻原さんも「赤毛のアン」は読み耽ったのだろうなあと想像したりしました。

 赤毛のアンの描かれるプリンス・エドワード等の自然描写も愛情あふれていて素晴らしいと思います。

 赤毛のアンと言えば、姉がこれ面白いよと言って貸してくれたのですが、中学校に持って行って休み時間に読んでいたら隣の女の子に「あら、この本は女の子の読む本よ!」と言われ恥ずかしかったことを思い出しました。

 でも「赤毛のアン」はマーク・トゥェインが見出して激賞していますし、「西の善き魔女」も、高校生くらいまでの少女が一番のターゲットになっているのだろうなと思うのですが、女の子だけのものにしておくのはもったいない、男の子が、おじさんが読んでも十二分に面白い本だと思います。

7 補足:セラフィールドについて

7.1 実在するセラフィールド

 フィリエルが生まれ育ったセラフィールドは架空の地だと書きましたが、気になって調べてみたら、同名の場所が実在していることが分かりました。

セラフィールド

 上図のようにセラフィールドは英国グレートブリテン島のイングランドの北部、スコットランドとの境界近くの海辺の地にありました。 フィリエルのセラフィールドは山地、実際のセラフィールドは海辺という違いはありますが、ほぼ想像した通りのケルト民族の場所にあることに驚いたのです。

7.2 ウィンズケール原子炉火災事故

 しかし、この実在のセラフィールドはどんな場所なのかを調べたとき、意外な事実がわかったのです。

 ウィンズケール原子炉火災事故 - Wikipedia
 
セラフィールド - Wikipedia

 上記2本のWIKIによれば、
セラフィールドは
「英国カンブリア州にあり、アイリッシュ海に臨む。6平方キロメートルの敷地内に200以上の建物や冷却水池などが密集する。1948年に建設が始まり、原子力発電所の他にも核兵器に使われるプルトニウム生産炉を含めた[1]核燃料再処理工場群が存在した。その操業開始から、北欧にまで至る広域的な海洋汚染や、幾度もの事故を背景とした周辺住民らへの深刻な健康被害などから論争を引き起こしてきた[2]。」
とあるのです。

 要するに、セラフィールドには、第2次大戦後、英国も核武装をするのだという強固な意志の基で1948年頃から、核兵器に使われるプルトニウムを生産するためのウィンズケール原子力炉が建設されていたのです。
 そして、この原子炉は1957年10月10日に、世界史上初でありイギリス史上最悪の原子力重大事故である火災事故を引き起こし、多大な放射能漏れによる汚染を周囲に引き起こしていたのです。

この事故の状況は
「1957年10月10日、ウィンズケール火災事故が起きる。この事故は世界初の原子炉重大事故となった。軍事用プルトニウムを生産するウィンズケール原子力工場(現セラフィールド核燃料再処理工場)の原子炉2基の炉心で、黒鉛(炭素製)減速材の過熱により火災が発生。16時間燃え続け、多量の放射性物質を外部に放出した。避難命令が出なかったため、地元住民は一生許容線量の10倍の放射線を受け[要出典]、数十人がその後、白血病で死亡した。現在の所、白血病発生率は全国平均の3倍である。当時のマクミラン政権が極秘にしていたが、30年後に公開された。なお、現在でも危険な状態にあり、原子炉2基のうち1基は煙突の解体が遅れている状態にある。2万キュリーのヨウ素131(ヨウ素の放射性同位体)が工場周辺500平方キロメートルを汚染した。また水蒸気爆発のおそれから、注水に手間取った。」

とあるように非常に深刻なものでした。

7.3 セラフィールドへの改名

また、
「1981年、ウィンズケール&コールダー研究所は施設の再編成に伴い、セラフィールドと改名した。」
という記事がありました。
 この原子炉事故は英国内でも大きな問題となり、「ウィンズケール」という名前があまりにも負の印象を与えるものとなってしまったため、1981年にプラントの名前を「セラフィールド」と改名したそうなのです。

ウィンズケールの原子炉 1985年

つまりセラフィールドはこのように原子力関連施設であり会社の名前だったのです。

 また興味深いのは、セラフィールドにある使用済み核燃料再処理工場では
「20世紀後半頃からは、再処理する受け入れ使用済み核燃料の全収容量の4分の1近くが日本の原子力発電所からのものに想定されていた[5]。2010年からは中部電力との独占契約状態にあった[6]。中部電力の管理下にある静岡県の浜岡原子力発電所が2011年以降は運転を停止していることに伴い、存続の危機が指摘されていた[7]」
とあることです。

2005年のウィンズケール(セラフィールド

 セラフィールドでの使用済み核燃料再処理は注文の大幅な減少のために2012年11月をもって停止されています。
 その主因が、日本の原子力発電所が、2011年3月のあの東日本大震災を契機とする福島原発事故のためにストップしてしまったことにあったということになるのです。こうなると因果は巡るというのか、運命の不思議さを感じます。

7.4 荻原さんはセラフィールドを知っていたのか?

「西の善き魔女」が刊行されたのは。1997年9月から2003年5月のことでした。
 ということはこの時点では、ウィンズケールからセラフィールドへの改名は終わっており、すでにセラフィールド原子力関連施設は存在していたわけです。 

 謎1:荻原さんは執筆の際に、現実のセラフィールドの存在、そしてこの事故のことはご存じだったのでしょうか?
 謎2:ご承知の上で、あえてこの名前をつかったのでしょうか?
 謎3:だとしたら、そこにはなにかかの意味・意図があったのでしょうか?
 謎4:もしそうなら、それはどのような意味・意図なのでしょうか?
 謎5:それとも、この名前は偶然に浮かんだものだったのでしょうか?

謎は尽きません。


 

 

 
 

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