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ここは今から、倫理です。【ボディワーク】

 先日こんな本を読みました。

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 10月から哲学スクールに通うようになって、自分が『倫理学』に関心があることを知りました。
ざっくり言うと倫理学の問いは「よく生きるとはどういうことか?」であり、自分自身その問いをずっとし続けていたと思っています。

その大きな問いに対して、『倫理学』は問いを分解して、論証していきながら、その大きな問いに向かいあっているのだと思います。

 この本は、その中でも『メタ倫理学』であり、「そもそも倫理って何?」「倫理とどのように向き合えばいいの?」などの「そもそも何?」というもののようです。
それらについて考えることは好きなので、『倫理学』の中でも自分は『メタ倫理学』が特に関心のある分野なのだと思いました。

この入門書から、特に関心のあるトピックについてさらに学んでいこうと思いました。
気になった人物を挙げてみると、アイリス・マードック、バーナード・ウィリアムズ、ミランダ・フリッカーでした。

これらの人物の考え方を全力で取り入れて、自分なりの考えを導き出したいと思いました。

そして、それらを自分の生き方、さらには仕事や人との関わりに反映させられるといいなと思っています。

仕事との繋がり

  ぼくがボディワークのセッションで提供している自分の「心地よさ」を考えることは、本人がどんな倫理観を持っているのかを一緒に考えることなのかもしれないと思いました。

「心地よさ」というのは、簡単にすると自分にとって良いことであるのだから、「良いとは何か?」「何が自分にとって良いのか?」を体を整えながら考えていくことをしているのだと思いました。

だから、ボディワークのセッションの時間は、「倫理の時間」なのかもしれません。
「倫理の時間」となると、すごくかしこまって、堅苦しいイメージですが、出来るだけ柔らかに、ゆったりとした「倫理の時間」になれば良いと思っています。

 自分がどんな倫理を持つのかを知ることで、今よりも自由に生きることができると思っています。
その倫理の範囲内であれば何をしても、自分が苦しむことはないだろうし、もし今自分が持っている倫理に限界を感じているようだったら、改めて「本当に良いことは何だろうか?」を考えてもよいと思います。
そうして、自分で自分に設けた制限を外していくことも可能であると思います。

 ボディワークのセッションの時間は、その試行錯誤の時間となれば良いと思います。
もし自分が設けた制限に苦しんでいるのであれば、体にも影響は出ている可能性があります。


 体の不調を取り除きながら、自分の倫理を再構築していく時間は、有意義な時間であると思います。

 一度立ち止まって、その時間を作ってみるのはいかがでしょうか?
新しい世界の見え方が得られるかもしれませんよ。


 最後までお読みいただいて、ありがとうございました。

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