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研究は趣味であり道具

橋本謙
国際保健コンサルタント(自営業)

はじめに

国際保健コンサルタントとして働く傍ら、時おり研究に取り組みます。私にとって研究は、生業ではなく、趣味であり道具です。
本職は、途上国での人々の健康づくりのお手伝いです。研究では、これら活動現場での効果を確かめたり、記録をまとめたり、教訓を導いたりします。

この雑文では、まずこれまでの進路をざっと紹介し、続いて研究への思いや考えを綴りたいと思います。

高校、大学、大学院

過去30年間のうち7割5分(約23年)を海外で過ごしてきました。1991年17歳の時に親の支えのもと渡英し、エレスメア高校、ロンドン大学、ブリストル大学大学院に進みました。

渡英は、伯父が英国に転勤した際に誘ってくれたのがきっかけです。海外や英語に特に興味を持っていたわけでなく、純粋に冒険したかったというのが当時の心境でした。

大学と大学院でそれぞれ専攻したのは、心理学と健康心理学。心と健康に関心を持っていたためです。カウンセリングの道に進もうと考えていたものの、もっと行動範囲を広げて世の人々の役に立ちたいとの思いから、国際保健に心移りしました。

そこで、自宅から通えて、国際保健を学びながら博士号も取れる、という理由から1999年に神戸大学大学院に入学しました。
そもそも実践から学ぶ体質のため、舞台を現場に移しました。2000~2005年にグアテマラで青年海外協力隊と国連ボランティア(米州保健機関/世界保健機関)を通じて、シャーガス病という感染症の対策に参加しました。

上司や恩師の指導のもと、実務経験を積みながら得たデータを博士論文としてまとめ、2006年に博士課程を修了しました。

途上国での活動と研究

2007~2014年には国際協力機構(JICA)の技術協力専門家として、中米諸国のシャーガス病対策に携わりました。時おり現場活動から得たデータ、経験、教訓などを論文や著書にまとめたり、学会発表したりして、学術活動も続けました。

また実践力を高めるため、2009~2011年に豪州ボンド大学の経営学修士課程(通信教育)で、組織や人事の運営について学びました。

2014~2015年にはハーバード大学公衆衛生学院の国際保健フェローシップ・プログラムに、客員研究員として在籍しました。目的は、中米での活動データや知見を論文にまとめ上げること、そして新たな知識を身につけること。

研究や学習に専念できる環境は久しぶりで、そのありがたみを改めて実感しました。
国際保健では、公衆衛生学をはじめ、医学、生物学、政治学、社会経済学を含む学際的な取り組みが重要になります。

例えば、ある国が特定の疾病を予防するには、その疾病の知識だけでなく、関連する要因の把握から解決策の運営まで求められます。疾病が起きる背景には、社会的、経済的、地理的、生態的、文化的要因などがあります。

これらの現状調査から始まり、いくつかの地域での対策モデルづくり、全国展開のための指針や計画の作成を経て、関係者の研修、対策の導入・評価・改善と続きます。

中でも、行政組織が効果的かつ持続的に運営できて、国民の行動変容に至る仕組みが大切になります。そう言った意味で、優れた学者が集まる大学で様々な分野の最先端の知識に触れることは、とても有意義でした。また教官や研究者らと議論を重ね、刺激し合うことで学びが深まり、助け合うことでより有効な知識を形成できるという体験もできました。

2016年からは国際協力機構の技術協力専門家として現場に戻りました。
2016~2018年はハイチで病院経営や保健システムの強化に、2019~2021年はソロモン諸島で健康増進事業に関わりました。これらの現場活動で集まったデータや知見も、少しずつまとめて論文発表しています。

研究は必要性から

博士課程に進んだ動機は好奇心でしたが、研究に取り組んだ理由は現場での必要性でした。実社会では、限られた情報をもとに最良の意思決定が求められます。

標本調査をしたり、統計分析したりする余裕は通常ありません。予算、人員、時間にも限りがあります。

だからこそ、後々振り返って答え合わせをしたり、より適した方法を見出したりして、知識として体系的に残すことで次の機会の備えや参考になります。

また現場活動のデータを分析して成果や教訓をまとめることは、歴史を刻むことにもなります。逆に論文のような客観的事実として残さなければ、その記録は存在しなかったことにもなります。

「活動現場で一生懸命がんばってきた仲間の努力の結晶が、跡形も残らないのは、あまりに申し訳ない。せめての恩返しとして、これらの活動を残る形でまとめたい」そんな思いも胸に、論文や著書を書いてきました。

時には論文発表を通じて、影響力のある学者、国連機関や政府に対して、現場の見解を提供したこともありました。その道の権威は、それぞれの正論を主張するのですが、盲点もあります。

なので、これらの正論が現場で実際にどこまで通用するのか、どのような代替案があるのかなどを議論して、理想から現実に焦点を仕向けるように心がけました。

権威に対して物を申すと、無視されることも、喜ばれないこともあります。結果として何も変わらなくとも、一石を投じることで変わる可能性が生まれます。

研究とは、知の暗闇に光を照らすこと、ととらえています。ただ、特定の分野の知識や分析を深めれば深めるほど楽しくなる一方で、現実から遠のいてしまう場合もあります。

途上国における保健政策や指針は、政府職員や国民にとって単純明快でないと使えません。したがって、しっかりと深めた後には、「実社会における意味は何なのか、次に誰がどのような行動をとれるのか」など、使える知識としてまとめるように心がけています。

研究の位置付け

趣味としての研究は、たいてい帰宅後や休日に取り組むため、家族の理解や支援があってこそ成り立ちます。

「そんなお金にならんこと、何でやんの?」と妻に言われたこともありましたが、やはり趣味なのでしょう。

個人的に「健やかな幸せあふれる世をつくる」と言う信条を持っていて、その軸に沿っていれば、仕事も研究も趣味も手がけたくなります。

本職では、途上国での国づくりや人づくりのお手伝いがしばらく続きそうです。様々な環境に身を置いて、五感、六感で世の変化を体感したり、仲間と共感したりするのが生きがいの一つなのです。そして時おり、接近戦から離れて全体像や足跡を俯瞰して、研究に取り組みたいと思います。

ただ近年は国際保健を取り巻く世界情勢が激変しているため、上空からの分析にも限界があります。世の中が進む方向を確かめる羅針盤自体も、変形し続けているように感じます。

このご時世では、意識の領域を更に広げ、分野を超えた仲間と協力すること、そして真意はたまた神意を問いながら、優雅な発想で未来を描いて創造することが大事と思う今日この頃です。



橋本さんのキャリアパスと研究について、Gazette3号にて、より詳しくお読みいただけます。個別の記事はこちらへ!

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