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朝帰り

3回目のデート。

出会いはマッチングアプリだった。
広告代理店に勤めている彼は、背が高くて端整な顔立ち。
話し方が丁寧で育ちの良さを感じた。

正直、マッチングアプリを始める前は少し抵抗があった。
いい男なんているわけないとも思っていた。
だから彼と出会えたのは嬉しい誤算だった。

私は見た目には自信がある。
だけど、生い立ちとか学歴とかそういったものはコンプレックスがある。
けして育ちがいいとは言えなかった。
だから、結婚とかはあまり期待していない。
かっこいい男の人と楽しく付き合いたい。

とはいえ、想像してしまう。
彼は一緒に暮らしたら朝ごはんはパンか和食どっちがいいのか、
彼はペットを飼いたいだろうか
彼は土日になったらどこに出掛けたがるか
列挙したらキリがないくらいにタラレバを繰り返してしまう。


彼とは1回目も2回目のデートも平日のディナーだった。
お互い職場が丸の内ということもあって仕事終わりに食事を共にした。
彼が選んだお店はセンスがよかった。
彼のスーツ姿はかっこよかった。
いつもスマートにご馳走してくれて23時前には駅で見送ってくれた。


「東京に来てよかった。」
彼といると本気でそう思えた。
きっと田舎にいたらこんな素敵なことはない。


3回目のデート。


告白されるかもしれない…
そんなことを思いながら、金曜日の夜に銀座に向かう。

彼がお寿司が食べたいということでお店を予約してくれた。
友達とは行けないようなカウンターだけのお店。

好きでもない女のためにここまでするだろうか?

きっと私のことをよく思ってくれている。
そう思いたい。

コースもついに〆のデザートが運ばれてきた。


今日も楽しかった。この夜が終わらなければいいのに…
まだ帰りたくない、もう少しだけ一緒にいたい…
今日、好きって言われたい。


お会計を済ませた彼が店から出てきた。
「もう少し飲まない?よかった俺の家で。ワインがあるから」

どういう意味の誘いなんだろう?とは思った。
出来ればそういうことは付き合ってからがいい。
だけど、断ればここで終わってしまうかもしれない。
彼ともっと近付けるチャンスかもしれない。


彼の住むマンションは銀座からタクシーで15分くらいだった。
東京スカイツリーの見える部屋だった。
スタイリッシュでセンスがいい。

部屋に着くなり、女性の形跡を探したが特に怪しいものはなかった。
むしろ綺麗に掃除していて生活感すらなかった。


彼はワインセラーからボトルを出してグラスに注いでくれた。
チーズとフルーツとクラッカーを出してくれた。
私は完全にシチュエーションに酔っていた。

「いつもどんな音楽聴いてる?」
彼がそんな質問を投げかけながら、洋楽を流し始めた。


お酒を少し楽しんでから、ソファで隣に並んでからは早かった。
キスをして男女の関係になった。

彼は「可愛い」「好きだ」と言ってくれた。



でも「付き合う」約束はしてくれなかったし、私も聞けなかった。



朝が来て、彼が起きる前に私は帰った。


初めて来た土地の慣れない駅の改札を、なんでもない顔をして通過した。
ゆうべのワンピースのスカートが風に揺れてくすぐったい。
なんだか今朝の空はいつもと違ってみえた。

一夜にして夏から秋に季節が越えたような風の冷たさを感じる。
まだ夏よ、終わらないで。昨日の夜の私を消さないでいて。

乗り換えして、いつもと同じ電車に乗ってみたけど、なんかよそよそしい。
土曜の早朝だからかな。休日の朝の電車に乗るのは久しぶりだから。


朝帰りをすると悪い事をしているような気持ちになる。
誰もいない部屋に帰るのに、誰かに責められるんじゃないかって思う。


彼にまた会うのかは分からない。
だけど、夏よ、私を置いていかないで。
まだいかないで。まだ体の奥に残ってる。
まだ彼が残ってる。
まだ昨日の続きにいたいから。









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