(プロローグ:第3話) 歩き旅の始まり

2017年 2月。

わしは地元の大きい病院の、診察室の中にいた。

そこはかつてわしが「金玉が膨れ上がる」という奇病に襲われ、飛び込んだ病院だ。男性医師からふぐりにゼリーをタップリ塗りたくられ、グリグリと超音波検査をされたあの日以来だ。今日は普通に腕に注射をされ、検査用の血を抜かれている。血液検査の理由はもちろん「わしが糖尿病か、否か」をハッキリさせるためだ。

あまりにも不安、かつ、せっかちな性格なため、混雑する病院に予約もなく飛び込んだ。アポなし検査。そのせいか、わしの目の前に座るお医者さんもすこぶるご機嫌が悪い。

「本当はね! 糖尿病かどうか調べるには、食事をしっかり抜いてから検査しないとダメなんですよっ!」

ションボリするわし。40歳をこえたオッサンが、ガチで叱られておる。でも1日でも早くハッキリさせたい。糖尿病とわかれば心の覚悟がつく。生活をあらためて、病気と戦うことができる。

「……血液検査の結果ですがね。ハッキリとはいえませんが、食後しばらくでこの数字なら、糖尿病ではないとは思います。」

なっ…ッ!!

わしは糖尿病と違うのおぉおおおおおおおおおおおおおおお!!? 腰が砕けそうになる。ネットでやった糖尿病チェックシートで自己診断したら、8割近く当てはまっていた。絶対、糖尿病だと思い込んでいた。

「でもねあなた、コレステロールも高いし、他の数値も悪いし。肥満ですし。タバコも吸われているんでしょ?  この調子だと、いつか糖尿病や成人病になっても全然おかしくないんですよ?」

またもや大真面目に叱られる。

「はい、タバコやめて運動します。ありがとうございました…!」

…と、深々と頭を下げ、もらう薬もあるわけなく、病院の玄関を出る。そして玄関先にあった喫煙所で、タバコに火をつける。

「糖尿病予備軍かあ… じゃあ、この体調の悪さは何だろう?」

2月の曇天模様の冬空を見上げ、フラフラと上っていく煙を目で追う。そういや屋外で、こんなゆっくりと空を見上げるのも久しぶりだ。もう42歳。自分の人生のカウントダウンを、ガチで考え始めなくちゃいけない歳なのだ。バカボンのパパより1つ歳上なーのだ。これでいいのだー。

ややや、全然よくねえよ。

さっき、もしもお医者さんに「あなた糖尿病ですよ」と言われていたら。そこから急に生活がガラリと変わってしまう。自由がどんどん制限されて、身体も動かなくなってくる。これが例え、他の病名でも同じだ。中年のオッサンならばみんな、ある日突然にその宣告が訪れるのだ。今回は回避した。次はわからない。

タバコを消し、嫁様に電話をかける。糖尿病ではなかったことを伝えると「……何か美味しいもの食べてきな」と短く電話を切られる。

自宅から電車で一駅の病院だったが、運動不足は気になっていたので、家まで歩いて帰ることに。曇り空の冬の町並みは、どこも灰色の世界で、全然散歩も楽しくない。昔から散歩は好きだったはずなのに。景色がどこも普通の住宅街の、この東京郊外の町に引っ越してから、急に散歩がつまらなくなり。まったく外を歩かなくなってしまった。

ふと、見知らぬ家の庭先に、鮮やかな「紅色」を見つけた。

椿の花だ。2月でも花が見れるのか。綺麗だな。

帰宅して、糖尿病でないなら何の病気なのだ?…と、今度は「自律神経失調症」のチェックシートをやってみる。

20項目あって、20項目、全部当てはまりやがった。

じゃあ、これだ! 病名これじゃん! わし自律神経失調症じゃん!

これがウーピー・ゴールドバーグかどうかのチェックシートなら、わし100%の確率でウーピーじゃん。ウピ助じゃん!

…よくよく考えれば、普通の人なら気がおかしくなるような生活を、10年以上続けていた。漫画を描くのが楽しいから、自分では気づかなかっただけ。日光も浴びず、穴蔵で閉じ込められて、毎日内職してるような生活。即身仏か。ずっとこんな不健康な生活を続けていたら、たとえ仕事が好きでメンタルは平気でも、身体は壊れる。どんな忙しくても、理由と時間を作って外に出なくちゃ。

ふと、帰り道で見た、椿の花を思いだす。

(そうだ…近所の散歩がつまらないなら、面白い所まで歩いて行けばいい。1日30分でいい。自宅から線路沿いに歩いて、疲れたら電車で帰ってくる。そして毎日1駅進んでは、また戻ってくる。これなら毎日、違う風景で楽しいかも?  そろそろ椿だけじゃなく、梅だって咲き始めるし!)

かくして、壊れた自律神経を治すためにも。糖尿病予防のためにも。散歩を始める決意をした、42歳の漫画家ウヒョ助。

この時はまだ、その自宅からのダイエット散歩が、果ては福島県の原発、富山県の県境まで歩く、壮大な歩き旅になることは、まったく予想していなかったのであった。


…次回から、いよいよ歩き旅エッセイの、本編スタートでございます。





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