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「別れる男に、花の名を一つ教えてやりなさい。 花は、毎年必ず咲きます」

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「別れる男に、花の名を一つ教えてやりなさい。 花は、毎年必ず咲きます」

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矛盾を愛せたら

先日、大学の友人の提案で、試験対策を兼ねたオンライン勉強会をしていた。 日付が変わるまで各々有意義に時間を使い、一頻り勉強を終えると、自然に雑談へと移行していった。 昨今の情勢から友人との久しぶりの対面ということもあり、各人の近況報告も含め、とりとめのない世間話に華を咲かせていた。 その会話の中でふと、友人がマッチングアプリに勤しんでいるという話題になった。 話は逸れるが、マッチングアプリ上では本人に関する情報がプロフィール、特に本人がしたためた文章に反映される。

    • 記憶と記録に関する備忘録

      写真を撮ることが嫌いだった。 自らが目の当たりにした原風景。そこにはその場においてしか感じ取れない情趣が存在する。 学生時代、部活の午後連終わりの気だるげな雰囲気を想起させる、西寄りに重くのしかかった夕暮れ。 冬の午前6時、突き刺すような風の中に朝風呂のシャンプーの香りが溶け込んだ、仄青い駅のホーム。 夏祭りの夜、花火と共に月並みな感動すらすぐに立ち消えたことだけは覚えている不可逆の青春。 視界に入る様相だけでなく、音や匂いなどあらゆる非言語的な情報が唯一無二の時空

      • ピグマリオンとゴーレムの狭間で

        貴方は自由な人だった。 私が小6の担任で、美術の授業でスケッチをしていたときのこと。教室の隅っこで自信なさげに彫刻とにらめっこして、鉛筆を持ったまま動かない貴方を見かけた。 「積み木のように組み立てた私の中のイメージが世界に映し出されるとき、それが少しでもずれるのが怖いの」 そう言った貴方に私はありったけの優しさを込めて伝えた。 「完璧じゃなくてもいい。思いのままに描いた貴方自身の絵に恋ができるといいわね」 それから貴方は次々に絵を描くようになった。授業の合間や放課

        • かすみ草

          ・ ・ ・ ・ ・ 「お母さん、人ってなんで死ぬのかな?」 「それはね、この世は一つのお花畑だからよ」 「お花畑?」 「そう、この世の人はみんな生まれてから愛情を知って、痛みを知って、それを大切な誰かと分かち合えた時、綺麗な花になるの」 「あいじょう?」 「ええ。誰かを包み込んであげたいという気持ち。どんな時も誰かを想っていたいという気持ち。そんな気持ちを大切な誰かに分けることができたとき、神様が迎えに来るの」 「なんで?どうして神様はきれいな花から詰んでいっち

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        矛盾を愛せたら

          懈怠と侵された感興

          学び舎のあちこちでかぷかぷとクラムボンが笑っていた時は、まだ幸せだったのだろうか。

          懈怠と侵された感興

          七夕には言えなかった切実な願い

          虚しさが時々、心の中にしんと鳴り響くほど、 日々が平穏でありますように。

          七夕には言えなかった切実な願い

          すり切れた道徳

          就職活動に勤しんでいた、大学3年生の時のことだ。 私はとある企業のサマーインターンに参加し、3日間の活動に取り組んでいた。 そこでは実際の事案をイメージしたグループワークが幾つか課され、業界への理解を深めるには十分なプログラムが敢行された。 どの課題もかなり厳しいものだったが、グループメンバーとの助け合いや献身的な人事のサポートもあり、つつがなく有意義な時間を過ごすことができた。 また、そのプログラムでは就活生の支援を標榜して、既に企業からの内定を勝ち取った先輩達との

          すり切れた道徳

          もう青くは揺れない春

          6月の上旬、束の間の晴れた日のことだった。 大学の課題を終わらせるため、午後から駅前のカフェへと足を運んだ。 梅雨時にもかかわらずその日は快晴であり、真夏日を観測したこともあって、茹だるような暑さがあたり一面を支配していた。 課題の重さと相まって憂鬱な気持ちに襲われながら、照り返しのアスファルト道を引きずり歩いていた。 カフェで5時間ほど勉強をし、再び屋外へと出ると、気温がだいぶ下がっており、過ごしやすくなっていた。 帰り道、ふと散歩をしたくなったので近所の河川敷ま

          もう青くは揺れない春

          エゴイズムと本屋に置いてきた後悔

          4月中旬のある月曜日のことだ。 その日は大学の入学式が行われる関係で授業がなかったため、午後から街を散歩することにした。 昼食を食べた後、適当な服装に着替え、寝癖を隠すための帽子を浅めに被り、何をするでもなくふらりと駅の方へ歩いた。 外は気持ちのいい晴天であり、冬の寒さからも解放されつつあることも相まって非常に過ごしやすい気候だった。 はやる気持ちを抑えられず夏曲のプレイリストを流し、上向きな気分で街を闊歩していると、視界に行きつけの本屋を捉えたので中に入ることにした

          エゴイズムと本屋に置いてきた後悔

          想い出せなくなれば、もう

          過去のカメラロールを眺めながら、ふと頭に思い浮かんだ事がある。 昔の記憶や思い出というのは、どうしてあんなにも暖かくて、急迫的で、それでいて時として今の自分を締め付け苦しめるほどに己の心に絡みついているのだろうか。 小さい頃に聴いていた音楽が、過去の失恋を伴って暴風雨のようにもたらす一過性の感傷。故郷では滅多に降らない雪の中を家族と共にはしゃぎ回り、慣れない寒さに頬を赤く染められたこと。学び舎のあちこちでかぷかぷと笑っていたクラムボンはどこに行ってしまったのだろうか。

          想い出せなくなれば、もう

          独り言

          梅雨時の午後6時半のことだった。 野暮用があってコンビニへの徒歩3分の道を歩いていた。 その日は曇天で、日没が近かったこともあり、比較的心地の良い気候だった。 本当に何の変哲もない、日常の一瞬。 そのはずなのに、何か苦しかった。 不思議に思い周囲に意識を傾けると、目に映るもの全てがくすんで見えたのだ。 曇天の空。コンクリとアスファルトに包まれた灰色の町。薄く光を伸ばす街灯。 完全な灰色に覆われることなく、中途半端に色が点在しているその町の光景が、どうしても気持ち

          独り言

          届かないもの

          緊急事態宣言の発令に伴い本格的に始まった自粛生活。メディアで連日報道される新規感染者数の推移や各人の問題意識の差異。SNSで共有される様々な情報。 自由な外出ができない今、我々の多くはSNSにより依存した生活を送っているのではなかろうか。換言すれば、個々人の意思表明や主要なコミュニケーション手段がSNSに集約されることになる。 終わりのない対応や不条理な苦情に精神的ストレスが募り悲痛な叫び声を上げるドラッグストア店員や医療従事者。自粛生活で単調な毎日に鬱屈する人々を応援す

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          語られないもの

          言語が世界の限界である、とはウィトゲンシュタインの台詞である。 つまり、私たち人間の情緒、感情、感性、そして世界解釈は言語に依存している。言語こそ人なのである。 一般的に人間は、歳を重ねるにつれて様々な経験をし、その過程で自己の世界解釈を言語を行使しながら拡張していく。そしてその深度は勉強をすればするほど深まり、密度をさらに濃くするだろう。 そうして自己の眼前に広がる世界は、「語られるもの」として処理され、認識されていく。 花でたとえてみよう。花を一つの有機体として見

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          妬んだり嫉んだりそれでも人は生きていくし

          人間は誰しも嫉妬心を持っている。 数ある感情の中でもこれはかなり劣悪なものだと思う。七つの大罪の一つだけはある。 こちらが舌を巻くほどに一芸に秀でている知り合いを、私は友人だとは思えない。互いに凌ぎを削るライバルだと勝手に思っている。 昼下がりのココアのように甘い可愛さを持つ男友達のことも、月に一度会う恋人のようなものだと思っている。 自分の知り合いだけでも何かに於いて特筆するべきものを持っている人はいるし、それは往々にしてその人の人間的魅力へと繋がる。私はどちらかと

          妬んだり嫉んだりそれでも人は生きていくし

          猫が、好きだ。 自由気ままな性格。媚びているようで実は全く媚びていない様。人間が注ぐ愛情ごときでは決してなびくことのないふてぶてしい態度。 きっと自分がご機嫌に生きる以外にはさして興味はないのだろう。あの絶望的な可愛さと美しさが与える魅力は、なにかハーゲンダッツのような頭が悪くなってしまいそうな甘さに似たものを感じる。 猫に幸福などという感情が備わっているのか分からないが、もし自分もあの様に振る舞えるならばどれだけ幸福だろうと、羨望すら覚える。 幸福を自ら引き寄せるな

          ジレンマ

          ある楽曲を聴いていた時のことだ。 「風のように 思うままに生きてみよう」 という歌詞が、その楽曲の中にあった。 前向きな歌詞だ。きっと作詞した人物は、これから先の未来への希望、そして各人が自分の夢に向かって自由に生きていくことを願って、その様を風に例えて表現したのだろう。 だがその時の私は、「思うままに」という部分にどうしても引っかかったのだ。 自然現象である風。それはしばしば、しがらみの無さの象徴として表現されることがある。 私が小学生の頃、国語の授業で自由詩を書

          ジレンマ