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闘う日本人 5月 五月人形

 このショート小説は、約5分で読めるほんとにバカバカしいショートショートの物語です。
 毎日、日本人は頑張っていつも何かと闘っている。
 そんな姿を面白おかしく書いたものです。

 今月は5月の闘いで五月人形がテーマです。
 勇ましい格好の五月人形ですが、人形と言えばひな人形も同じ節句に飾られるものです。今回は3月にも登場したあのひな人形たちのその後のお話もあります。(そのお話は「闘う日本人 3月 ひな祭り」をご覧下さい)
 五月人形はひな人形のように大勢ではなく、一人舞台なので、端午の節句の主役は自分である!と思っていたのですが、どうやらそうもいかないようです。

「拙者は勇ましい五月人形。もう4月の始めからここの家の一番目立つ場所、つまり客間の床の間に飾られておる。これからはしばらくは拙者の一人舞台だ」と、

 大きくて立派なガラスケースの中の金屏風の前には、長い2本の角の生えたような立派な兜に重厚な鎧をまとい、その左右には弓と太刀が飾られていた。そして人形の斜め前には毛筆で『大鎧』と作者名が書かれた木札が置いてあった。後ろに飾ってある掛け軸の下から3分の1ぐらいはこの五月人形のガラスケースで見えないほどの高さだった。

 五月人形は桃の節句から端午の節句に移り変わったこの時期では、自分より大きな存在はないと信じており、意気揚々としていた。

 この五月人形が飾られてからしばらく経ったある日。

 家の主人はその床の間の五月人形が入ったガラスケースを少しだけ左に移動させた。
「な、なんだ」

 五月人形は、どうして自分が少し左にずらされるのかわからなかった。

「どうしたというのだ。まだ端午の節句が終わった訳ではあるまい。なんで左にずらすんだ」

 するとそのガラスケースが少しずれてスペースが空いた。そこに家の主人は、同じようなガラスケースを置いた。

 そのガラスケースは、今までの五月人形の半分ぐらいの大きさだった。

 床の間には大小のガラスケースが二つ並ぶ形となった。

「な、何なんだお前は」

 五月人形の目に映ったのは、小さいガラスケースに入った五月人形だった。それは勇ましい武士ではなく、頭の上にちょこんと小さな兜をのせ、顔が少しプックリとして弓矢を持っている可愛らしい人形だった。

 小さな五月人形は、前からある大きな五月人形を見て、

「先輩。これからよろしくお願いします」

 と言って、今まで飾られていた大きな五月人形に挨拶をした。

「なんで、五月人形が2つもいるのだ」

 大きな五月人形は思わず言った。

「なんでも、ここの家では2人目の男の子が生まれたようで、五月人形が一つじゃ可愛そうだからと言って僕が買われて来たようです」

 小さな五月人形は言った。

「そうか、たしかこの家の子供たちは一番上が女の子でひな人形があったはず。その次が男の子だったので拙者せっしゃの出番となったが、もう一人男の子が生まれたとなるとそれも致し方あるまい」

 大きな五月人形は少し不満だったが仕方ないと思った。それにこの小さな五月人形では、自分の勇ましさを脅かす存在ではないと思った。

 しかし、ふと気が付くと部屋の隅の方には他に、ずいぶんと大きな箱があった。

「この五月人形と一緒に来たのだろうか?」

 その箱は大きな五月人形のガラスケースと比べ高さはそれほどではなかったが、横にはかなり大きかった。

 あれがもし人形ケースでそんなものをここに出されたら、自分は全く目立たないではないか。今まで威風堂々いふうどうどうと床の間に飾られていた五月人形は焦りを隠せなかった。

「あれは、お前の連れなのか?」

 大きな五月人形は少し不安になり、小さな五月人形に訊ねてみた。すると小さな五月人形は

「いえ、僕は知りません。ですが、僕と一緒に業者が持ってきたみたいです。一体なんでしょうね」

 小さな五月人形もあの箱の正体はわからないようだ。

 やがて家の主人はその部屋の隅に届いた大きな箱を開け、中から『ヨイショ!』と言って引き上げるようにそれを取り出した。

 主人が取り出したのは、大きなガラスケースだった。そしてその中は、綺麗に着物を着飾った人形たちが4段に別れて並べてあった。

「な、なんだあれは?」

 よく見るとその人形たちは五月人形とは違い武士の格好ではなく平安貴族のような装いで、人形たちはかなり小さかった。数えてみるとその人形は一番上が2体、次が3体、その次が5体、そして一番下に2体、合計12体あった。

「ずいぶん小さくなったわね」

 箱から出され、明るくなった人形たちは、自分の姿や相手の姿を見て口々に言った。

 そして、その中の一つの人形が床の間に飾ってある大きな五月人形を見て

「でか!」
 と言った。

 その言葉に大きな五月人形は、

「『でか』ではない。お前達が小さいんだ。そもそもお前たちはなんなんだ。もしかしてひな人形なのか?」

 その大きなガラスケースに入った人形は、最小限の飾りしかなかったが、上から男雛おびな女雛めびな、三人官女、五人囃子ごにんばやし随身ずいしんと言ったようにひな壇になっており、コンパクトにまとめられたひな飾りのようだった。

「はい、その通りです。わたしたちはこの家に3月まで飾られていたひな人形です」

 その人形の一番上にいる、男雛と思われる人形が言った。

「ずいぶん小さいんだな。それにしても何で今頃の時期にいるんだ」

 大きな五月人形は訊いた。すると男雛は、

「先程も言いましたが、実はわたしたちは、この家でこの3月まで大きな7段飾りとして飾られていましたが、ここの主人が来年からはもうそんな大がかりな飾りはできないと言うことで、わたしたちをリサイズされてこのガラスケースの中に納められたのです。今日は、わたしたちが新しくなってどんな風にリメイクされたのか、ご家族でちょっとしたお披露目だそうです。でもそれが終わったらまた箱に入れられ、来年の桃の節句が来るまで待つことになります」

 そのガラスケースに入っている小さな人形たちも一緒にうなずいた。

「そうか。しかし拙者も毎年ガラスケースごとで出されるからな。家の人としてはその方が手間いらずでいいのだろう。むしろ、お主たちがいままで、丁寧に1体ずつ飾られていたのに感謝するが良い。今じゃそんな家は少ないからな」

 五月人形はひな人形を諭すように言ったが、そうなるとこの家で、一番大きな飾り物は自分ではないかと『これで天下を取った!』と、優越感に浸った。

 すると男雛の横の女雛が、

「わたしたちはリサイズされて小さくなったので、窮屈ではないのですが、道具などが全部処分されてしまい、いささか淋しい気分です」

 それに対し隣の男雛が言った。

「でも良かったではないか。みんなが無事で。最初はわたしたち2人だけがリメイクされて、あとは処分されるのという話しだったが、こうやってまた来年もみんなで桃の節句を祝えるのは幸せなことではないか」

 男雛のその言葉にその下の段にいる人形たちは頷いたが、女雛だけは違っていた。

「わたしはあのままのサイズで、あなたと2人でガラスケースに入れられた方がよかったのよ。それがどういうわけかあの女狐めぎつねまでついてきて。おかげでわたしの衣装もずいぶんと省かれてしまいましたわ」

 女雛はすぐ下の左側にいる三人官女の中の提子ひさげを持っている官女を見下すように言った。

「いえ、それは・・・・・・わたしはそんなつもりは」

 女狐とまで言われた提子ひさげは消えるような声で言った。

 実は男雛と三人官女の提子はお互い恋心を抱いていたのだが、その関係に女雛は気付いていた。

「あなた、わたしが何も知らないとでもお思いですか。わたしは全部お見通しなんです」

 と、強い口調で言った。

 たまらなく男雛が言った。

「いや、おまえ、そんなわたしたちはそんなお前が思っているような関係ではない。それにさっきも言ったようにみんなが無事で良かったではないか」

 その言葉に4段目にいる随身という矢を背に背負っている左大臣の人形も頷いた。随身の左大臣は言葉にはしていなかったが、女雛に密かに恋心を抱いていた。女雛も何となくその気持ちは伝わっていた。下からの左大臣の視線に女雛は何となく気付き、

「ま、いいわ。こうなった以上、またみんなと付き合わねばならないのですから、今までのことは水に流しましょう。とりあえずあなたの言うとおりみんなが無事でよかったということで」

 と女雛は憮然として言った。

 床の間に新しく来た小さな五月人形は、先輩の大きな五月人形に

「何やらおひな様たちと言うのは団体だから人間関係が・・・・・・いや人形関係がいろいろややこしいみたいですね。その点僕たちは一人ですから気が楽ですね」

 小さな五月人形がそう言うと、大きな五月人形は

「まあ、そうだな」

 と無感情に言ったが、心の中では『拙者も奥方が欲しい』と思ってしまった。

 やがて主人は、ほかの家の者たちに「ひな人形が帰ってきたぞ」と言い、そこはにわかにリメイクされたひな人形のお披露目の場所となった。そして家の者たちは「かわいい」だとか「素敵」とか言いながらひな人形たちを見て、みんなが楽しそうな顔をした。

 家の主人はそんな家族を見て満足げだった。

 そして新しく来た五月人形の事も家の者に告げると、また家の者は「ここが素敵」とか「ここがかわいい」とか言って小さな五月人形を珍しげに見ていた。

「やれやれ。とんだハプニングだった。しかし今年からはみんなの注目をわたしだけに集めるわけにはいかなくなったな。隣のヤツがいるから」

 隣の小さな五月人形ばかりに家の者が注目するのを見て、大きな五月人形は少し不満を持ったが、小さな五月人形にこう言った。

「ま、拙者が先輩だからな。細かいことは言わんが、何かわからない事があれば聞くように」

「はい、先輩」

 小さな五月人形はそういったが、大きな五月人形には、今日の所は注目を集めることはなかった。

 一方、リメイクされたひな人形たちは各々が無事に再生されたことを喜んでいた。

 そんな中、男雛は力を抜くようにフッと息を吐き

「まさか、お前がわたしにそんな関心があるとは思わなかったよ。まだ焼きもちを焼いてくれるなんて、わたしは幸せ者だ」

 するとさっきまでソッポを向いていた女雛は

「焼きもちって言うわけじゃないけど、あなたの心の中に他の女がいるのが許せないの。それだけよ」

 すると男雛は

「すまなかった。そんなお前の気持ちも知らずに・・・・・・。しかしみんな無事で良かったよ。一時はどうなるかと思った」

 その言葉に女雛は小さく「そうね」言った。

 実は女雛も、男雛と二人だけになるのはいささか淋しいと思っていた。あの随身の左大臣の事も少し気になってはいた。

「しかしあの五月人形はガラスケースの中に一人ぼっち。淋しいわね。なんだかんだと言ってもわたしたちの方が幸せかもね」

 女雛がそう言うと他の者も同時に頷いた。

 主人はひな人形のガラスケースを再び箱の中に入れ、押し入れの奥に仕舞った。

 そして家の者も徐々にこの部屋から引き上げて行った。

「家の人もいなくなりましたね。もう飽きたんですかね」

 小さな五月人形がそう言うと

「また明日になれば見にくるさ。そして5日の子供の日には大勢で賑わう。今からしばらくの間、拙者たちが注目の的だからな。お主も気を抜くなよ」

 大きな五月人形がそう言うと、小さな五月人形は

「そうでもないようですよ。5月5日はゴールデンウィークの真っ最中で、家の人たちは旅行に行くと言っていましたけど」

「う、うん。そうか。そういうこともあるかもな。しかし旅行から帰ると、我々を見て喜ぶはずだ」

 大きな五月人形はそう言ったが、よくよく考えてみたら、昨年も一昨年も家の者たちは大なり小なりあの時期に旅行に行っていたことを思い出した。

「大丈夫だ。何と言っても拙者たちは端午の節句の主役だからな」

 大きな五月人形は、自分より小さな五月人形の事はさほど気にならなかった。なぜならば自分は圧倒的に存在感がある注目の的だし、むしろ小さな五月人形がいることで、自分が一層引き立つと思った。むしろ、それ以外の事で自分が見られないことに不安が少しあったが、家の者が旅行から帰ればまた自分の勇姿を見てくれると確信していた。

「今、押し入れに仕舞われたひな人形たちは沢山の人形がいる。まあ主役は一番上の二人だろうが、人の注目は分散してしまう。今回はもう一つ小さな五月人形が隣にいるにせよ、否応に拙者に注目が集まることはまちがいなしだ」

 大きな五月人形は上機嫌だった。

 しかし、小さな五月人形は

「でも、わたしと一緒の買われたもう一つの箱がありません。あれはなんだったのでしょう?」

 小さな五月人形は不思議そうに言った。

「もう一つの箱?そんなものはここにはないぞ。リメイクされたひな人形たちの事じゃないのか?」

「違います。もっと薄い箱でした。それと長い箱もありましたよ」

「薄い箱?長い箱?」

 辺りを見回してもそんなものはこの部屋にはない。

 その時、家の外から大きな歓声が聞こえた。それはどうやらその家の庭からのようだ。

「なんだ、今の声は?」

 大きな五月人形がそう言うと新人五月人形は

「やっぱりあれはヤツだったんだ」

「ヤツとはなんだ?」

「ヤツですよ。先輩とは比べものにならないほど大きいヤツです」
「俺より大きいヤツとは・・・・・・」

 再び外で家の者たちの大きな歓声が聞こえた。

『格好いい!』
『壮大だね』
 そんな声が聞こえた。

 大きな五月人形は、床の間の僅かな窓の隙間から声のする方を見た。

「あ、あれは・・・・・・」

 それは、青い空に悠々と泳ぐ3匹の大きな鯉のぼりだった。

 そのあまりの雄大さに大きな五月人形は声が出なかった。

「この時期晴れた日にはあれにかなうものはいないでしょう」

 小さな五月人形は諦めるような感じで言った。

「あれはうわさに聞く『屋根より高いこいのぼり』。敵は外にもいたのか・・・・・・」

 大きな五月人形は唇を噛んだ。

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