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【アンカラ滞在記】バクーが近かったころ(1):初の自力での渡航を振り返る

アンカラ滞在中の、(トルコの)国内旅行について先日触れました。

おかげさまで、大変な好評を賜り、改めて御礼申し上げます。なんだかんだ、5年もいましたから、ほかにもいくつか初めて訪れた街などはありました。過去記事にも、そのあたりのことを以前いくつか書いてあります。

さて、では周辺国へはどのくらい行ったかという話。よくよく考えると、国外にはよく出ましたが、ほとんどは日本への一時帰国。周辺国にはアゼルバイジャンを除いて全く行けませんでした。

かえすがえす、惜しいことだとは思いつつ、しかし、当時のトルコの経済事情の影響というのはありました。行きたくてもそうそう簡単には行けなかったですよね…

今も低調なトルコリラ、為替状況は当時ももちろんかなり厳しかった…当然、肝心の旅費にめどがつきにくいという状況でした。そんな中、アゼルバイジャンにはなぜ何度か行けたかというと、調査のためということで研究費が使えたということが大きかったのです。

現地での調査ということについては職場の上司の理解もあり、授業期間中をはずして行くという(もちろん!)ことで、アンカラに滞在していた5年間のうち、とにかくアゼルバイジャン、バクーが近いうちにできるだけ行っておこうと考えたのです。

まさか、距離的な話以前にこんなに国外そのものが遠くなる時期が来るなんてもちろん想像しませんでしたよね・・・

ともかくそんなわけで、2016年1月に10日ほど研究調査を目的としてバクーを訪れる機会を得ました。

その後、毎年1回か2回のペースでバクーを訪れることになりますが、2016年当時は入国前にビザが必要ということで、アンカラの郊外にあるアゼルバイジャン大使館に足を運んでビザを取りに行ったのが懐かしい思い出です。

アンカラにあるアゼルバイジャン大使館で、ビザを2回申請したと記憶しています。1回目は、空港でのアライバルビザがまだ認められていなかった2016年の訪問の時期。

2014年のときより、ビザ申請の必要書類の多さなどについては、だいぶ緩和されていたと記憶しています。

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この道の先に、在アンカラのアゼルバイジャン大使館があります(国旗が見えるのがおわかりになるでしょうか)。

ともかく、異国の地(トルコ)で、さらに別の国(アゼルバイジャン)のビザを申請するという経験をしたのでありました。パスポートを一時期預けないといけないというので、かなり不安だったことを覚えています。

ちなみに大使館に来た2回目は、公的な研究費を使った最後の訪問(2017年7月)の時で、この時は短期間とはいえ、いちおう学術目的のビザだということで形式的にもバッチリの状態で訪れようと思ったのでした。

この時のビザ申請は大使館でも「なんでわざわざここでビザ申請するの、おまえは空港でアライバルビザ取れるじゃん」と言われたのを覚えています。これこれこういう理由で、という説明はもちろんしましたけど。今思えば、面倒だなと思われたのかもしれません。たしかにね…。

ともかく、2015年の11月末。最初に申請してからパスポートを再び受け取るまでに2週間ほどかかったのですが、なんとか無事にビザを獲得。翌年1月末、勤務先の大学が冬休みの時期のタイミングで、念願のバクーを訪れたのでありました。

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見てください…この飛行機の窓から見る、コーカサスの山々の美しいこと…

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2014年に見たヘイダル・アリエフ国際空港は、2016年に訪れた時にはすっかり様変わりしてリニューアルされていました。カッコいいなさすがに、という感想。

このときのバクー訪問は、2014年に初めて訪れた時といろいろと違っていました。2014年は現地からご招待を受けて訪問したので、空港までお迎えにまで来てくださって、空港から宿泊先まで、案内して連れて行ってくださったので大変楽だったのです(返す返す、ありがたいことでした)。今回は当然のことながら、全て自力での移動。ということで…

空港を出た瞬間、すさまじいタクシー客引きの洗礼を受けたことでした。

往年のイスタンブル、アタテュルク空港でもタクシー客引きの押しの強さに辟易したことがありましたが、バクーのそれはまた少し雰囲気は違えど、ちょっとイスタンブルのことを思い出したりなどもしたことです。

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この時期は当然のことながらバクーの土地勘もなく、恐る恐る空港の外に出たことを覚えています。なんとかタクシーの客引きを振り切り、タクシーの運転手たちに「そんなものはない」とウソつかれながらも30分に1回の頻度で運行されていたリムジンバスに乗って、市街地へ。

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道路沿いには華々しい建設途中の大きなスタジアムや高層ビルが目立っていました。オイルマネーの賜物だったのかどうだったか。

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こちらは、地下鉄Koroğlu駅の入り口。ここで乗客が降りたりなどしていましたが、市内の人たちの顔が見えてきます。これはこれでまた緊張したものです。ついにバクーに来たな、という。

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初日に宿についたら安心したのかそのまま眠ってしまって、気がついたら日が暮れていたようです。写真の時系列も、突然夜に切り替わっているので…自力でのバクー訪問は、このようにしてスタートしたのでありました。

こうやって書き出してみると、異国の地、市街地に出るまでもなんだかんだ心の揺れ動きから目に入ってくるまでの景色まで、いろいろと思い出してくるものではありますね…いや、懐かしいです。ほんとうに。

どうやら最近の自分の書いたものに対する反応を伺いますに、どうも海外の風景写真をまじえた記事に需要があるらしいことに改めて気づきました。今回はバクーの話になりましたが、しばらくの間アンカラ滞在記を優先して書いていってみようと思います。しばしお付き合いのほど…

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