『星の王子さま』からカラチャイ・バルカル語を見てみようのコーナー
さてさて、アドヴェンター10日目の本日はテュルク諸語の一つ、カラチャイ・バルカル語を見てみましょう。
カラチャイ・バルカル語についてのおさらい
カラチャイ・バルカル語の『星の王子さま』、入手していたのをよもや忘れていたとは言わせへんで…と、今朝突然本棚が私に話しかけてきた気がしたのです。
忘れなどしますものですか。これでもテュル活民の端くれなのですから!
以前、カラチャイ・バルカル語については記事をひとつ書いたことがありました。そこで紹介したことは、コーカサス山脈の北方、いわゆる北コーカサス地域で使われている言語であることと、系統的には同じく北コーカサスに話者がいるクムク語と近いことなどでした。
その後しばらくの間、当該の辞書がないのでそのままにしていたのですが、今年はツテをたよってトルコからカラチャイ・バルカル語-トルコ語辞書を入手していたのであります。せっかくなのでこれを有効利用しない手はありますまい。
なお、文字と発音についてはPDFファイルで申し訳ありませんが、用意してみたのでこちらをご参照ください。
ではさっそく、カラチャイ・バルカル語を
著作権の問題はもちろんありますので、ここでは部分的に冒頭の部分だけ引用して、各文ごとに分析をしてみます。文献情報は以下の通りです。
では、さっそくいきましょう。以下、「カラチャイ・バルカル語」は名称を簡潔に「KB語」と略記します旨、ご了承のほど。
ラテン文字表記に転写しつつ、以下分析していってみましょう。
どうですかテュル活民のみなさまがた?カラチャイ・バルカルって感じがしますね!?(とは)
では以下、一文ずつ見ていきます。
グロス、訳については確信のないものもクエスチョンマークを付記する形で、ひとまず表示しておきます。
まず興味深いのが1語目のman-gaのところで、これが主格ではなくて方向格(日本語だと「~に/~へ」にほぼ相当)をとっているなというところです。また、複数形接辞は-laか-leの2種類。トルコ語だと-lar/-lerが複数形接辞で、対比するとカラチャイ・バルカル語では複数形接辞の子音末に/r/がないですね。その一方で、所有接辞だと3人称複数「彼らの~」接辞は-larï/-leriとなっていて、こちらのほうは/r/があるのが個人的に面白いところです。
このほか、分詞形はやはり動詞語幹に-ġan/-genがつく形が生産的ですか。このあたり、中央アジアやシベリアのテュルク諸語と共通しているところでしょう。アゼルバイジャン語やトルコ語だとこの形式での分詞はかなり限定的なはずです。
また、最後の"kör-gen e-di-m"は、動詞の完了形に後続するかたちで助動詞e-の過去形、かつ1人称単数。この2語の組み合わせで過去完了というテンス・アスペクトを表していることも確認できます。
では2つめの文にいってみましょう。
ここは鬼門でした…。手元の辞書に"jilyan"がなかったのですが、おそらくほかの言語での訳本からの推測で、「蛇」を意味する語だと思われます。また、buuġan (あるいはbuvġanか。KBでは/v~w/を"у"で表記するケースがあるのだそうで)も辞書では見つけられませんでした。
語形から想像するに、動詞の過去分詞だろうと思いますが、さて意味はなんでしょうか。「大きくなった」とか「成長した」くらいかなと思うのですが、これは今後の宿題ということにしておきます。詳しい方いらしたらぜひご教示を賜りたく。
あと細かいところですが、「これ」「あれ」といった指示詞はKBではbul, olですか。語末の/l/に味わいがあるな…と思うのは、私がトルコ語に染まっているからでしょうね。
この文で興味をひくのは、分詞ayt-ïl-ġan「言われていること」が名詞として使われていることでしょうか。さようにして方向格語尾が直接この分詞に付加されているということが一つ。また、推測ですが原文の"janïuar-ïn"は、おそらく"janïuar-nï"の誤植ではないかと思います。
面白いことに、KBでは所有格と限定目的格が同じ形式になっているというんですね。こういう現象、たしかクムク語にもあったような気がします。
あとは、現在形というべきか、はたまた非過去形と呼ぶべきか。動詞の終止形が一つ文末に出ていますね。この形式はウズベク語のそれを思い出します。ウズベク語、なつかしいね…(遠い目)
(4)の冒頭の"Andan sonra"のところ、指示詞olの格語尾を伴う形は面白いですね…!主格(ゼロ格)ならolで、語末に/l/がありますが、所有格(~の)だとanï, 限定目的格(~を)もanï, 方向格(~に、~へ)はanga, 位置格(~に、~で)がanda, そして起点格(~から、~より)がandan、となる…?(cf. Tavkul 2020: 37)
へーーーーという感じです。語幹部分の母音も変化するというのは面白いっすなあ。トルコ語でも部分的にben「私」, sen「君」の方向格がban-a, san-aとなるという現象はありますが、KBほど大きな変化をするというのは自分には新鮮に見えます。
また、文中の"eriginči"は動詞eri-「溶ける」に、「~しないうちに、~するまでに」を表す接辞-inčiがついているという分析ができるようです。これも面白い接辞だなあという感想です。
いや…難しい訳です。正確性にも自信がない。動詞 ḳayna-は多義的で、(i)溶ける、(ii)怒る、(iii)豊かになる、増える、(iv)ごきげんになる、と辞書に記載されていて、どの動詞がこの場合あてはまるのかずいぶん悩みました。
(6)はまあ特に問題なしですかね。続けて(7)へ。
"a"は、「~はというと」の意味、maは聞き手に対して新たに導入する事物を指し示すときの指示詞の一種と考えてよさそうです。この辺はトルコ語やアゼルバイジャン語あたりの知識があまり機能しないところな気がします。
さあ、あと少しお付き合いいただいて…
(8)の文頭のseyirlikは、既出の「興味深い」という意味というよりは「立派な、すばらしい」の意味だと考えるほうがよさそうです。また、動詞körgüzt-は、「見せる」ということで同じ意味のものにkörgüz-という語幹もあるそうで、ということは形の上では使役(körgüz-t-「見せる-使役」、だが意味としてはやはり「見せる」)ということになっているようですね。テュルク諸語、たまにこういう語形がありますよね…
それにしても、非過去形での1人称単数の人称語尾が-maですか。これは否定接辞と同じ形態ということで、慣れないうちは違和感があるなあと思うなどします。
さて、ようやくラストの文を。
いやいや…KBの未来形は独特の形をしていますね…。"ḳorḳ-arïḳ-bïz"の{-arïḳ}がその未来時制を表すということなのだそうですが、これは周辺言語にも似た形があるのでしょうかね?手元の参照文法でも、クムク語はむしろアゼルバイジャン語やトルコ語のほうと似た未来時制接辞を使うようだし…
はい!以上です!おつかれちゃん!!
ということで、訳をやってみての感想
さてさて。ほんのさわりの部分だけの分析を今日はやってみたわけですが、こんなに長文になるとは思いませんでした(やらなきゃよかったかも…)。で、そのわりには煮え切らないというか、訳がはっきりしない部分もそのまま出してしまうことになってしまいました。申し訳ないっす…
とはいえ、カラチャイ・バルカル語の雰囲気の一端は感じられたようにも思います。所有格と限定目的語格が同じ形というのがまずマジかよと思わせてくれますし、語彙もトルコ語あたりとはぜんぜん違っていて、むしろ中央アジアあたり、あるいは北西語群(キプチャク語群)あたりの諸言語の知識があったほうが理解しやすいのかな、という気がしました。
とりあえず、カラチャイ・バルカル語辞典が手に入ってよかったなと。この辞書が手元になかったら、翻訳はさらにいい加減になっただろうと思います。あとは、網羅的な参照文法書の存在ですね。このあたりにアクセスしようと思うならやはりロシア語ができたほうがいいのでしょうが、次善策としてはトルコで出版されているものを利用するという手がある…
ということで、結論。トルコ語はやはりこういうときにも役に立つ、です(違う)。
みなさんもぜひ…来年度は…トル…トルコ語を…メリークリス…m(男は全裸のまま力尽きてその場に倒れ込む)
参照文献
Tavkul, Ufuk (2020) Karaçay-Malkar Türkçesi. Ercilasun, Ahmet B. (ed.) Türk Lehçeleri Grameri. Ankara: Akçağ. 883-938.
Tavkul, Ufuk (2020) Karaçay-Malkar Türkçesi Sözlüğü. Ankara: Türk Dil Kurumu.
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