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はじめの一歩 0

プロフィールで書いたこと

1.教員生活38年。今も教壇に立ち、日々教育に携わっている。子どもが好き、教えるのが楽しい。あくまでも自分の名前を呼んでもらえるポジションでいたい。

2.教師の「いじめ」により娘が不登校になる。いままで自ら大切に実践してきた教育がない学校だった。さて保護者の立場で学校改革はできるか!

1.の補足。自分の性格や生き様から、校長、教頭、会社では課長、部長、社長など肩書きがあれば、○○社長とかもあるかもしれないけれど、いわゆる管理職や役職についたとたん、自分の名前が消えることが多いと思われる。

先生同士は○○先生というのは、多少の違和感もありながらも、慣れてきて○○先生と言われるのはあまり抵抗がない。

学校で言うと、管理職になったとたん、担当する授業がなくなり、予算をはじめ様々な仕事に取り組むことになるが、自分には向いていないなぁと思い、管理職の肩たたきにあいながらも、信念を貫いてきた。

もうひとつ、若い頃には学校改革には管理職になって自らの学校をつくるんだとか、自分で学校そのものをつくるんだとか意気込んでいたときもあったが、いままで多くの教育困難校を渡り歩いてきて、平の教員ででも、いや平の教員の立場の方が学校改革できると実感することができたので、管理職には魅力を感じなくなったのかも知れない。

2.の補足 今までの自分の実践は常に人権を大切にする教育を展開してきたつもりだ。ニュース報道でみるような「こんな学校があるんだ」とか、「こんな教育委員会があるんだ」とか、というのは何か自分の中では遠い世界のように思っていたのだが、まさか自分の娘の身に降りかかるとは夢にも思っていなかった。

今回、平の教員ではなく、保護者の立場で学校改革をめざしている。

娘の問題解決は、すなわち学校の問題点の解消。そのプロセスを綴ってみたい。

これは閉鎖的な、隠蔽体質の学校という大変高い壁を乗り越えるという壮絶なドラマになりそうだ。

これはまだ現在進行形の出来事である。


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