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アダムとイブ #4

 「あと少しだから」

 そういってアサミはまたくるりと前を向いて歩きだした。 僕は少しため息をついてその後ろをついていく。

 歩いて10分。ちょっと疲れてきた頃、前を歩くアサミが止まった。

 「ここだよ」

 目線の先を見ると、少し古いバーがあった。

 「何でもいいからリクエストするとちゃんとかけてくれるんだよねこの店」

 「へえ、何でも?」

 「うん、何でも。クラッシュでも、ジャミロクワイでも、フーバスタンクでも」

 「じゃあSHISHAMOでもレキシでもスカパラでも?」

 頷いて彼女はにこっと笑って入り口に歩き出した。その笑顔に少し揺れたけど多分バレてない。店に入ると、バーテンに会釈して適当に空いてる席に座る。店内では誰がリクエストしたのか、The Fratellisの「Ole Black 'n' Blue Eyes」が流れてた。どことなく好きなバンドの好きな曲に似ている。

 「何飲む?」

 「ジムビームのシングルロック」

 「オッケー。すいませーん、ジムビームのシングルロックとラムコークください」

 慣れた感じで注文してすぐにお酒が来て、僕らはたわいもない話で盛り上がった。「ロックは世界を救うのか」とか、「働かないで生きていくことは出来るのか」とか「男女の友情は成り立つのか」とか。単純でも良い。いつもちゃんと話さないことを話してみる機会もなかなかない。次々と変わる脈絡のない音楽と、美味しいお酒。雰囲気に酔うのもたまには悪くないなって思った。

 「ねえ、なんかリクエストしなよ」

 トイレから戻ってきた僕にアサミが言った。

 「何でもいいんだよね?」

 「何でもいいけど、じゃあ今の私たちに一番合いそうな曲選んでみて」

 好きな曲はたくさんあるけど、その注文は難しかった。彼女でもない、良く知らない女の子と飲んでいることを忘れていた。2回しか会ったことないのに、何でこんな時間まで2人で飲んでるんだろう。よくわからない関係なのに、知っていた気もする。思い出したのは、初めて会った時のアサミの目。だった。猫のようで、吸い込まれそうな目。

 リクエストはジュークボックスじゃなくてバーテンにお願いするらしい。僕は席を立ってバーカンに向かった。

 「すみません、go!goi!vanillasのアダムとイブ、お願いできますか」

 黙って頷いたバーテンを見た僕は席に戻って、残っていた酒を空けた。

 「どんな曲選んだの?」

 興味津々といった顔でアサミは聞いてくる。

 「知らないと思うけど、良い曲だよ」

 「へー、それは楽しみだねえ」

 前の曲が終わって静かに流れ始めたアダムとイブを二人とも黙って聴いた。俯いているアサミを僕はじっと見ていた。

 5分と少しで終わった後、少し沈黙があってアサミが口を開いた。

 「とりあえずいい曲。バニラズなんだね。でもなんでこの曲選んだのか知りたい。教えて」

 「なんか今何でアサミと飲んでるのかとか、2回しか会ったことないなとか考えて、でも居心地が悪いとかじゃない。そしたら、初めて会った時にアサミの目が気になったこと思い出してたらこの曲がいいかなって」

 説明するのは難しいけど、出来るだけ正直に伝えた。

 「目の話、覚えてるよ。でもこの曲に女の子の目とか出てこないじゃん?」

 「そうなんだけど、この曲に出てくる女の子って多分アサミみたいな目をしてるんじゃないかなって思った」

 「なにそれ、よくわかんない」

 そういってアサミは残ったグラスの中身を空けたと思ったら、バーテンを呼んで会計をお願いした。怒ったのかもしれないけど、理由も分からない。とにかく思ったことを伝えないとと思っただけだから。

 約束通りに僕が会計を済ませて、店を出た。午前3時の街に人はほとんどいなくて、キャッチのお兄さんたちが寒そうにコートの襟を立てている。駅の方に歩き出したアサミに聞いてみた。

 「ねえ、怒ったの?」

 「怒ってないよ。よくわかんないから考えてるだけ」

  外の寒さに酔いも醒めていた。そうすると変なことを言ってしまった自分が嫌になってくる。

 「ごめん。気悪くしたなら謝る」

 「だから怒ってないってば」

 そういって振り向いたアサミの目は少し潤んでるように見えた。

 「泣いてるの?」

 「泣いてないよ。泣いてないじゃん。眠いだけ」

 始発までにはまだ時間がある。僕はタクシーで帰るつもりだった。

 「僕はもう帰るけど、アサミはどうするの」

 「帰れないから、どこかで時間を潰すよ」

 いつもならここでうちに来る?とか誘えるんだけど、誘ってはいけないような気がして、でもアサミのことをもっと知りたくなってて、どうしたらいいか分からなくなっていた。

 少し歩いて、アサミが振り向いた。

 「私も帰るよ」

 「タクシー?なら駅で拾おうか」

 「違うよ。タツキ君ちに行く」

 「うちに来るの?何もないけど」

 「いいよ。もやもやしたままなの嫌だから。なんであの曲選んだのかもっと聴きたい」

 そう言われるとちゃんと説明できるのか不安になったけど、じゃあ。ということになって踵の擦り切れたジャッパーとマーチンの10ホールで、駅のタクシーの乗り場まで2人で歩いた。

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