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さよーならまたいつか!の長音符号とエクスクラメーションマークが気になってしまう

米津玄師さんの新曲、「さよーならまたいつか!!」をちゃんと聴いて、MVを観てみた。

僕の中では、今に繋がるロキノンのムーブメントはバンプ(藤くん)が起こしたもので、RAD(野田さん)がポップやオルタネイティブを加えて、そして米津さんの打ち込みとデジタルで完成を見た、と考えている。

バンプ以前に、バンドスタイルで心の中や物語を紡いで、ある程度キャッチーな言葉やサウンドで受け入れられるアーティスト(バンド)はいなかったように思う。もちろん世代的なこともあるでしょう。なんせ青春真っ盛りの中高時代に、現役バリバリで新譜を待ってたんだから。彼らは、ゼロ年代の若者の代弁者だった。

ゼロ年代はどんな時代だったかと考えてみた。「あなた」と「私」から「君」と「僕」へと価値観が変わったと感じている。分かりやすいヒーローが存在した少し前の時代は、誰もが特別になることを夢見ていた。分かりやすいスターがいて、興奮して憧れた頃。「あなた」を高らかに歌う彼らに「私」もなりたい構図。大きなフィクションでありながらロマンがあり、特別なものが自分にもあることを半ば信じて非日常に活路を見いだそうとした。もちろんその中にも、スピッツの草野さんとか、ハイスタとか、方向性は異なるけど精神的にゼロ年代に似た何かを感じるアーティストもいた。

そしてその後の世代の僕ら。等身大の「君」と「僕」=日常に意味を求めるようになっていった。

バンプは「君」と「僕」そして、「俺」の代弁者だった。「こうありたいけどこうなれない。けど、それが普通だよ」っていう感じ。初期の衝動から、少し大人になって世の理を分かって、大人になる。このプロセスを唄ってくれたから僕たちはバンプが大好きだった。

そうしてゼロ年代の半ばに、野田さんがRADとやってきた。RADはより話し言葉に近い形で、僕らを彼らが感じている世界へ引っ張ってくれた。その世界は名の通り、弱虫で普通の一般人の中にある意地みたいな感じ。なんというか、受け入れるものというよりも若干「そんなの知らねえよ」みたいな反骨心を奏でていた。

米津さんは元々ボカロ出身で、ミクスチャーとかポップ寄りなのかなと感じていたけど、ちゃんとした世界を持っていた。「世界観」という言葉が唄われるようになった2010年代後半で、徐々に削ぎ落されて米津さんにしか創れない世界みたいなものを色々な形・メディア・コトバで発信していった。

だから僕の中でバンプで始まってRADに引き継がれて米津さんに至るこの流れは今のところ更新されていない。バンプ以前、米津さん以降。は未知数なんだ。

そんな米津さんの新曲、「さよーならまたいつか!」

色々な仕掛けがあって全部は追いきれないけど、全てを踏襲している素晴らしい曲だった。簡単な「さようなら、またいつか」で良かったはずなのに、「さよーなら」「またいつか!」。これが、僕たちに伝えたいことなんだと思う。

唾を吐いてもどこまでもゆけ。そんなメッセージ。

https://youtu.be/-wb2PAx6aEs?si=Xlpce2H4tWqbV7Ih


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