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旅と私#08 オリンピックに繋がる記憶

8月に入り、オリンピックが続いている。

何かの競技を熱中して観戦することもないが、やっていれば見る。常にそれくらいの関心度なので、前回がどこだったかとかTVで言われるまで忘れていたし、どこどこでやったのがいつだったとかは基本覚えていない。
記憶力に自信はないそんな私が覚えているのは、長野五輪と北京五輪。

長野開催時は、小学生だった。
飼育委員だったので、土日などにもウサギとチャボの世話をしに行く必要があり世話をしに行った時、日本人選手が出ていたのだろう、用務員さんが部屋に入れてくれて、みんなでテレビ観戦したことが記憶に残っている。

北京五輪が開催されたのは2008年。
その時私は大学生で、部活の遠征で神戸にいた。

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全日本学生弓道選手権大会が開催される前日の夕方に神戸入り。奇しくもその日は開会式当日だった。

大会は翌日から3日間続き、更に遠的大会や関西の大学との交流戦と、丸々1週間続く遠征。
三ノ宮到着後、夕飯から戻った遠征先のホテルのTVで少しだけ見た開会式は、巨人の足跡花火しか覚えていない。そして実際の競技は、ほとんど見ることがなかった。
自分達だって、日本一を掛けた戦いを控えていたのだ。

とはいえ、2日目の朝には早起きして生田神社にお参りしたり、団体戦終了後(決勝トーナメント1回戦敗退)にメンバーで神戸ハーバーランドまで行ったりと、遠征の隙間時間も楽しんだ。ここにオリンピックが入り込む余地はほぼ無い。

そして、遠征5日目の遠的大会で優勝した。
大会で優勝するなんて高校の都大会がせいぜいだったのに、メイン競技ではないとはいえ日本一の称号を手に入れた私は、フワフワした気持ちでホテルの部屋に戻った。

飲み物を買いに向かったコンビニで鉢合わせた同級生から、お祝いにとアイスを奢ってもらった。
きっと彼は、奢ったことすら覚えていないだろう。

ハーゲンダッツの抹茶味を堪能しながらトロフィーを眺める。その時にTVから流れていたのは、確か体操競技だった。

ほとんど見ていなかったのに、北京オリンピックは自分の中で、神戸にいたあの日の出来事であると、確実に刻まれている。
今回の東京大会は、コロナとの組み合わせでずっと覚えているのだろう。

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後日開催された大学体育会の祝賀会で隣のテーブルだった水泳部の学生が、その次のオリンピックでメダリストになったのも、神戸から繋がるオリンピックの記憶。

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