【INTJ】同調圧力ってなんですか…という話

よく「日本は同調圧力が強い」と聞く。同調圧力が苦手だ、という話も聞く。
類型的にいえば、私はINTJなので同調圧力を苦手とするタイプだそうだ。自分の性格を鑑みても、心理機能的にみても、そうだろうとは思う。

だが、私は同調圧力を感じたことがない。
一人が好きだし、協調性は皆無だし、集団行動ではすぐに自発的に逸れる。さらに、空気を読まずに自分本位な言動を繰り返す。同調圧力をかける側からしたら、さぞかけがいのある存在だろう。
確かに私は「みんなで一緒に」「みんなで仲良く」という価値観が嫌いだ。協調や同調を求められてる実感はあるが、圧力というほどのものかと言われれば、そうではない。
私が感じているのは、同調圧力ならぬ同調要請だ。

なぜ、私が同調圧力を感じないのか。みんなこんなに悩んでるのに、私は存在すら感知できないのはなぜか。
私は最近まで、「私は私、みんなはみんな」「みんながそうしたいなら勝手にすればいいけど、私は自分の思う通りにやる」と、相手にはっきり通告するからだと思っていた。だから、圧力をかける対象にならないのだ、と。

もしかしたら、違うのかもしれないと思い始めたのは、つい最近だ。
私は同調圧力の存在を感知できないくらい、空気が読めていないのでは、という疑問にたどり着いた。圧力をかけてもかけても気づかないから、だから圧力をかける側が諦めてしまうのではないか。
みんなを悩ます同調圧力で悩まないという点では、いいことかもしれない。だが、社会人として、場の空気を全く読めないのは、いささか問題ではなかろうか。

気づいたのは、あるきっかけがあった。
会社でとあるイベントがあった。全員参加ではないが、社内社外の人が多く参加した。みんな部署ごと、年齢ごとである程度まとまって動いていたが、私は安定の一人行動だった。何度か一緒に回ろうと言われたが、にべもなく断った。その方が楽しいからだ。
そして、その後あることを聞いた。同僚が、他の部署の人から「なぜ上杉を仲間外れにしているのか」指摘を受けてしまったと言うのだ。同僚はそれが上杉の希望だ、いじめではないと話して納得してもらったそうだ。深刻な指摘ではないし、指摘した人もあいつなら確かにそういう人間だと思ったそうだ。だが、指摘されたのは、これが初めてではないらしい。

そのイベント自体、別に一人で行動しても問題はなかった。どちらかと言えば、レクリエーションに近い性質のイベントだ。だから、主催者の希望通り楽しんで差し上げよう、と私は思っていた。
まさか、同僚たちが悪く思われてるとは思わなかったのだ。一人でいる=仲間外れと考える人がいる、ということすら脳内になかった。そりゃそうだ、私は単独行動が好きなのだから。一人でいる人を見ても、一人が好きなのねとしか思わない。

幸いなことに、私はまだ「仲間外れにされてるの」と直接言われたことはない。
多少の協調性は必要だろうが、正直今でも私は集団行動をする気はない。みんながみんなで好きに楽しめる方法を見つければいいのだ。単独行動したい人は単独で、集団が好きな人は集団で。
ただ、同僚が悪く思われないように、いじめられてると思われないように、せいぜい楽しんで、楽しんでると人に伝わるように、単独行動をしようと誓った。

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