37歳にして気がついた、自分のなかにある発達障害(ASD)の話
「発達障害」と聞くと、どんなイメージを持つだろうか?
ざっくり言ってしまえば 「生まれつきの脳機能の発達に関連した障害」である。その「発達障害」のパターンは本当に千差万別なもの。
・ADHD:注意欠陥多動性障害は集中できず、衝動的に考えるよりも先に行動するという特性を持っている。
・LD:学習障害は読む、書く、計算するなどの能力が全体期な知的発達に比べて極端に苦手だったりする。
・ASD:自閉スペクトラム症は、かつてアスペルガー症候群や自閉症とも分類がなされ、言葉の発達の遅れやコミュニケーション障害、対人関係や社会性の障害、パターン化した行動や、かたより、言語発達に比べて不器用という特徴を持つ。
それぞれに症状や配慮のポイントがあり、全て含めて「発達障害」である。詳しくは、色々な関連する書籍が出ているので本稿では説明しない。専門書を読んで欲しい。
ADHD、LD、ASDといった要素は、一つだけが出る場合もあるし、複数の要素が絡み合っている場合もある。かつては、親のしつけの問題や教育の問題されていたこともあったそうだけれど。そもそも「脳の働き」が定型発達の人とは異なるために起きるものである。
「障害」と聞くと仰々しい感じもする。けれど、発達障害と診断を受けた人は年々増えているそうだし、文科省が2012年に行った調査によればおよそ6.5%の子どもに発達障害がある可能性があるという試算もある。人口で単純計算すれば国内で800万人以上に発達障害がある計算になるそうだ。*1
https://www.asahi.com/articles/ASQ9V05Y5Q8HUTIL02W.html
37歳で自分のなかのASDに気がついた
話は変わるが。僕の弊娘氏は保育園在学中から「言葉の発達が遅い」「集団行動を指示したときに一歩遅れて理解している」と言われ、保育園登園中から「療育」という発達を促し、自立して生活できるように援助する支援を受けていた。現在、7歳で小学校1年生の弊娘氏は発達支援学級にも通っている。
翻って、3歳の弊息子氏は……。全く喋らない。3歳になるというのに「これ、取ってー」といった二語文が全然出てこないのだ。コミュニケーションは主に「これ」「いや」「ない」といった一語文のみ。時折「いぇがー」「あぃがー」といったジャルゴンと呼ばれる宇宙語のような言葉を発している。何か発しているのだけれど、「わけの分からない言葉」なので「特異的会話構音障害」という診断名が付いた。
子どもたちが共に揃って「発達障害の一種かぁ……」と思ったのだけれど。僕ら夫婦は「まぁそれでも上手く生きていけるための方策が見つかればいいよね」と、療育先を探したり、発達支援学級での振る舞いだったりを探るための書籍を読み、子どもたちへの接し方などを模索する日々だった。
幸いに時代は進んでいる。関連する書籍も多い。困りごとへの対処方が分かれば事前に準備もできる。ベストセラーでもある『発達障害の人が見ている世界』(アスコム刊)なんかは非常に参考になったりもした。そして、『発達障害&グレーゾーンの子の「できた!」がふえる おうち学習サポート大全』(主婦の友社刊)を読み終わったときだった。
「あれ……。ここに書いてある発達障害の子って俺……じゃね……」と。
恥ずかしながら、自分自身が発達障害であるなんて思っていなかった(いや、語弊かも。その可能性はあるかもとは感じながら、極端な『生きづらさ』は感じていなかったから『自分は違う』と思いこんでいた、が正しいかも)ので、ビックリしたのだった。
リコーダーが吹けない、コンパスで丸が書けない
『発達障害&グレーゾーンの子の「できた!」がふえる おうち学習サポート大全』(主婦の友社刊)の巻末には「学習が進みやすくなるおすすめグッズ」が記してあった。
そこに「リコーダーが上手く吹けない子の救世主」として「リコーダー補助具」が書いてあったのだ。
ASD傾向の場合、「DCD:発達性協調運動障害」を発することがある。いわば「不器用」というヤツで、洋服のボタンかけが苦手だったり、字が汚くてマス目や行からはみ出す……といった症状がある。DCDの場合、体の使い方が苦手(自分の頭のなかの動きとずれるらしい)なので、リコーダーが上手く抑えられず、変な音が出てしまうのだ。補助具を貼ればちゃんと抑えられてしっかり音が出る、という寸法だ。
この「リコーダーが上手く吹けない」は、正に僕だった。
僕は小学校3年生のときに父の仕事の都合で転校した。転校先のクラスは先生が音楽に熱心だったので、毎日帰りの会でみんなでリコーダーを練習するようなレベル感。でも、当時の僕のリコーダーレベルといえば、元いた学校の音楽の進みが遅かったので左手の使い方も習っておらず、転校直後だったので周囲に聞くこともできなかった……。そして、そもそも不器用だったので、何かと変な音が出た。列ごとに吹く練習をするたびに、先生から「誰か違う音出てるよね??」と指摘されたので、終いには「息は出さずに、指だけ動かして、吹いているフリをする」というスルースキルを身につけた。あの帰りの会のリコーダー練習になるたびに「あーもー。はよ、終われ」と思っていたことを思い出す。
もう一つ、「おすすめグッズ」にあったのは「コンパス」だ。昨今ではDCDを持つ、ASDの子向けに「簡単に丸が書けるコンパス」が売っているらしい。握って、くるんと、回す”だけ”で、円が書ける代物だ。
一方で僕が小学校在学中に持っていたコンパスといえば、年代モノの親父のおさがりだ。親父が小学生の頃に使っていたものだから、当時で既に製造から30年モノ、1960年代製造のいわば骨董品である。鉛筆を入れるホルダーもゆるゆる、軸を固定する留め具もガバガバだったので、不器用だった自分は算数の時間に円を書くのに随分苦労したことが急に思い出された。
なぜ、そんな骨董品のコンパスを学校に持参していたかと言えば、母が吝嗇家で極端なもったいない精神の持ち主だったから。「算数の授業でコンパスが必要みたいなんだよね……」と相談すると、使い勝手はさておき「そんなん、新品のコンパスなんか買わなくても、親父が使ってたヤツがあるから、それ持ってけ!!」と言われたのだ。でも、骨董品のコンパスではスムーズな円は書けない。毎回、手間取りながら、なんとか授業に付いていこうとしていたことが思い出された。
ちなみに。「古いモノ」を使うことは僕自身「父親が使っていたモノを使えるなんて、物持ちもいいんだし、地球環境に良いこと」と思い込んで自己肯定感を高めていたけれど。周囲からは「謎に古い骨董品持っている変なヤツ」と評されたり、「上野んちは、コンパスも買えない貧乏な家なんだな」と馬鹿にしてくる同級生がいたこともよく覚えている(こうやって、古い記憶が鮮明に蘇るのもASDの一つの特性らしい)。
自分のなかのASDと向き合う
自分自身が発達障害でASDの特性がある、と思ったら。過去の自分自身の生きづらさのようなモノが大分説明できるようになり、自身のトリセツを得たようで、ある意味でコペルニクス的な発見だった。
リコーダー、コンパスのようなDCDに関連すれば「字が汚い」や「包丁さばきが下手」といった要素もそれに該当する。さらに自分のなかのASDと言えば「コミュニケーション特性」と「特に意味付けを欲するこだわり」が該当する。
コミュニケーションで言えば、小学校後半~中学生くらいは周囲から「一言多い。余計なことを言う上野」という評価であった。いわば、太っている人に直接的に「いや、貴方を見てたら流石に重そうだし、ダイエットしたほうがいいんじゃないですか?」と言うような感じ。ズケズケとモノを言うのが、嫌われるとは理解していなかったのだ。
ASDの人は「こだわり」が強いという。僕の場合は「不条理」「理不尽」「不都合」みたいな部分に出やすい。「なぜそれをやるのか?」が意味付けられないと行動に移せないのだ。勉学に関する部分で言えば、全般的に「文法」が苦手だ。さまざまな活用形も「いいから、覚えておけばテストで点が取れる」というアプローチは小学校時代から苦手だった。というか、不誠実な先生はそういうアプローチしかしないと思っている。
古文の係り助詞の「こそ」が使われると、已然形で終わる係り結びの法則も「そもそも、これはなんでですか?」と聞いていた。で、後年になって歴史学者の清水克行さんの本を読み、清水さんが困りながら「そういう法則です(笑)」としながらも「そもそも、強調の意味合いだったのが形骸化して、連体形終止自体が通常の表現になって、強調表現が陳腐化していく。『なむ』は現代語の『なー』『のー』に変化して残っている」という記述を見て、「俺が授業で知りたかったのはコレだよな」と思っていた。
単純に「これが法則だから、覚えておけ」ではなく、「こんな仮説もあるんだけど、どう考える?」というアプローチが欲しかったんだろうなと感じている。
ASDと生きる
つらつらと書いてきたけれど。齢37にして、自分自身のトリセツというか、傾向が分かったのは良かった。知れたときには非常にポジティブに思えた。
でも、一方で自身の苦しみやコンプレックスが一掃されたわけではない。ASD特有っぽい発達特性なんかは日常生活で常に出てくる。僕自身は情報に関する受け取り方が他の人よりも受容性が多いっぽい。気になって、常にニュースを見ているし、誰か亡くなったり事件が起きるなど悲しいニュースが出てきたら、その感情を思い切り受け止めてしまい、自分も辛くなって布団を被って、寝込んでいる。
そんなとき「ああ、一般の人はこんな苦労をしなくても、何も考えずに普通に生活出来るのはズルい」と思ったりする。
でも、乱高下を繰り返しながらも。それでも、死ぬまで生きていく。人生ってそんなもんですよね。
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