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自分が何でもなくできることが、誰にでもできると思わない方が良い


人は、自分が何も苦労せずにできることは、誰でもできるのだと思ってしまう。

例えば
・部屋を綺麗にすることも
・美味しいお料理を短時間で作れることも
・ピアノがあっという間に弾けたことも

全部、それは才能。
持って生まれた才能。

人はそれになかなか気づかない。

でもある時、「すっごい美味しかった。私にはこんな料理は作れないわ」
と言われたことで、誰でもできることじゃないと初めて知る。

もちろんその才能を、家族のためだけに使うのか、仕事にするのかは、
その人の人生の選択だけど、その才能は活かした方が良い。
だって「ギフト」だから。

gifted

と言う言葉が流行して久しいが、この言葉を聞くと一部の天才だけにあたえられているのだと勘違いし、尻込みする。
自分にはそんな才能はない、と思って。

でも

・子供をあやすことが上手いのも、
・計算が早いのも、
・ラテアートがすぐに作れるようになったのも
全て才能。つまりgifted。

その才能をどう生かすかによって、生活が成り立つ時代だ。

才能に気づき、それを必要とする人に、どうやって届けるか。
それがマーケティングらしい。

私は、詐欺師を見抜いたことがある。
ある人に頼まれてその人の経歴を見たのだが、私は経歴はほとんど見ないで、写真を見ただけで、黒く見えた。
真っ黒って言う感じだ。

だから、ろくに経歴は見ていない。なぜならこの経歴も嘘ではないかと思ったからだ。
その後実際にこの人は多くの嘘を重ね、まるで詐欺師のように生きてる人だと言うことがわかった。

私からすると、「なぜこの真っ黒な人を信じるんだろう」と思うから、
そばに寄ったり、同じ空間にいることさえ避けるのだが、他の人からすると
「なぜそんなことがわかるのだろう」と思われるらしいことに、この時
教えられた。

おそらくその才能を、人を育てることに今まで使ってきたのだ。

そういえば、何度も聞かれた。

「先生はなぜそんなに私のことがわかるんですか」
「私以上に私のことがわかってますよね、なぜですか」と。

その質問に、最初はうまく答えられなかった。
だって、「わかる」から、としか言えなかったのだ。

その後少し考えて、
「客室乗務員として多くの人に接してきた経験と、その後学生の皆さんみる仕事をしてきたからかな」と答えるようになった。

でもある人に「それは才能です」
と言われ、理由も教えてもらって、納得した。

だからこそ、これは必要な人にこれからも使っていきたい。
今は、他の生かし方も探しているところだ。
もちろん私も人間なので、間違えることもある。

ただ、邪心がなく、フラットでまっすぐな気持ちでいれば、わかるようだ。

誰もがみんなgiftedなんだ。

それは間違いないから、見つけて生かしていこう。

そんな時代が、もう来ていると感じている。


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