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心の中を覗く練習

あのパンデミック以来、私に身についた習慣の一つが
「自分の心を覗く」こと。

今自分はどんな心境なのか。

それを知ることを一番大事にしているかもしれない。

今嬉しいのか。
今なんだかわからないけど、ざわざわしているのか。
今嫌な気持ちになっているのか。
今なんだかわからないけど、違和感を感じているのか。

もしかすると見逃してしまいそうなほど、小さな心のさざなみかもしれない。
でもそれが実はすごく大事なんだ、と今は知っている。

2021年の初めに、猛烈に自分が嫌いだ、と感じたことは、見逃せないほど大きな違和感だった。
それから、「なぜ自分が嫌いなの?」「どこが嫌なの?」という答えを、最初は本、セミナー、コンサルなどに求めたが、世界で一人しかいない私の気持ちを正確に知る人は、この世にはいないことを思い知っただけだった。

本を読んでも、セミナーに参加しても、今の自分にとって必要なことを正確に判断できるのは自分しかいない。
そしてどんな本やセミナーからも、自分にとって必要なものを選んで、取り入れればそれでいいのだと知った。

それからは、まず自分に聞いてみる。
答えではなく、「どう感じているのか」を知るようにした。

「感じる」というのは、明確に言語化ができていない状態のものだ。

「なんとなく、嫌だ」のように、曖昧だ。
曖昧だからこそ、人はそれを理屈で押し切ろうとしてしまう。

実は、2019年に私はこれで痛い思いをしている。
2019年、ビジネスとしては過去最高益を叩き出し、結果も出して、最高の状態だった時に、自分への癒しのつもりで海外に出た途端に、「ビジネスをやめよう」と毎日口から出てきていた。
言っている自分が最も驚いていて「私はなんでこんなことを言っているんだろう」と、全く、1ミリも訳がわからなかった。

そして、「わからないからこそ、理屈に合わないからこそ、無視した」のだ。
結果的にビジネスを辞めず、続行する決断をした。
その翌年、パンデミックが来て、過去最低益を叩き出してしまった。

今でも決して忘れられない「心を無視して後悔したこと」だ。

人生に「もし」はない。

結局私は今年、2024年にビジネスを終えようになっていたのだろうが、あの「心のつぶやき」を無視して後悔したことは、私の中に一生残り続ける。
だからこそ、自分の心を覗く練習は今も続いているし、心の曖昧な感情やつぶやきを、まずは取り出して、じっと観察することにしている。

すると、だんだんとその心のつぶやきの理由がわかってくる。
そして、あとは「どうしたら、この心のつぶやきを最大限尊重できるのか」もわかってくる。

これらのプロセスで邪魔になるのは、「人の視線」「周囲の意見や反応」だ。
あとはそれらとどう折り合いをつけて、またはぶっちぎって無視して、まずは自分を大事にするか、だ。

自分を最大限大事にしていなければ、周囲の人を大事にすることはできない。
自分が満たされていないのに、人を満たすことは不可能だ。

自分が満たされていないから、人に嫉妬するし、誹謗中傷するし、時に怒りを爆発させるのだ。
自分が満たされて入れば、人の幸せを一緒に喜べるし、もっと多くの人に幸せになってほしいと思える。

私は週の反応や、視線が気になった時は、「自分を満たすことが一番大事」と、言い聞かせて、ぶっちぎってきた。
失ったもの、手放したものはたくさんあるが、それ以上に得たものの方が大きいし、大事だ。

さて、この先にどんな世界が待っているのか。それは私にもわからない。
ただ、その時その時に自分の心を覗いていれば、きっとわかると思っている。
自分の心は、いつも自分にメッセージを送ってくれているのだから。


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