見出し画像

美しく年を重ねた人たち


1日1記事読んでハッピー。

私も1日1記事書いてハッピー。

「美しく年を重ねた人たち」


ある日、飛行機を利用した時のことです。


搭乗口に行く際、私が乗る便とは違う便の搭乗口前を通りかかりました。


何気なく見ながら歩いていると、
そこに3名の客室乗務員の人たちが

やってきました。

「あ、この便に乗務する人たちなんだな」

と分かりました。

搭乗口前には、ボーデイングを待っている

お客様がいます。

搭乗口付近まで来て、その搭乗口に

そのまま入っていくのかと思っていたのですが、

3名の方々が横一列に並び、お客様に向かって深々

とお辞儀をしたのです。

そのお辞儀は3名ともタイミングが揃っていて、


「今日もご搭乗いただきありがとうございます」

と言う声が聞こえそうな、(実際は無言でした)

とても綺麗なお辞儀でした。


ジャケットの色が違う方が1人いらしたので、

ベテランの方々だろうなと分かりました。


少し遅れて4名の客室乗務員の方々が歩いて

来られ、先程の3名の方々と同じように、

横一列に整列し、お辞儀をしました。


ところが、このお辞儀はタイミングも、

角度もバラバラで、

「決まりだからやっている」

ように見えました。


私の見方が意地悪なのかもしれません。

でも、先程の3名の方々のお辞儀が

あまりにも美しかったがゆえに、

バラバラのお辞儀が「惜しいな」


と感じたのです。


「何故こんなにお辞儀が違うのだろう」と、

考えました。


この方々が明らかに違うのは、

キャリアと年齢です。

もちろん、たまたまこの時の客室乗務員の方が

そのようなお辞儀だったのかも知れませんが、

私にはこの違いが、


「美しく年を重ねたからこそできたお辞儀」

と思えたのです。


年を重ねると、若い頃には経験しなかった事が

起こります。


幸せなことも
不幸なことも
生きていると、毎年何かしら起きるものです。


それによって人は、今まで気づかなかったことに気づき、

今まで思いもしなかった事を思うようになります。


例えば、親が若い時には、親はいつまでも

元気だと思っていたけど、いつの間にか

白髪が増え、一緒に歩いていても、

自分より歩くスピードが遅くなっていて、

歩くスピードを遅くした。

これによって

「親が年をとったんだ」

と思います。

すると今まで親に言いたいことを言っていた

けど、ちょっと控えよう、優しくしようと思う

かも知れません。


また、私も経験がありますが、

友人が亡くなって、

「人の命って永遠ではない」
と感じ、

「友達を大事にしよう」


と思ったかもしれません。


若い時はご両親も元気な可能性が高いし、

お友達も元気。


こうして

「年を重ねることで、当たり前だと思っていたことが当たり前ではない」


と思え、

「感謝の気持ち」が自然と出てくる、

それがあの美しいお辞儀につながったのかな、

と思いました。


「お辞儀をしなさい」

と言っても、
同じお辞儀にはならない。

それはその人の気持ちが表れるからです。


私がマナーを教える際、形を教えるだけでなく、

「気持ちを込める」

ことの大切さを伝えてきましたが、

その人の心まで変えることはできません。


しかしやがてこの若い客室乗務員の方々が、

お客様達に


「心からの感謝を込めたお辞儀が

できるようになる日」

が来るのだと思います。


年を重ねた美しさは、キャリアの長さだけではなく、

その人の人生の経験値と感性によるもの。

「年を重ねるのも悪くない」


と思うと同時に、


「美しく年を重ねていこう。

自分の毎日を大事に生きていこう。」

そう思わせてくれた出来事でした。


上野 博美





サポートありがとうございます!いただいたサポートは、次の良い記事を書くために使わせていただきます!