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自分の人生を生きる


世の中一人残らず、自分の持って生まれた人生がある。

それに気づかず、いや忘れてしまっていることが多い上に、周囲から完全に嘘や作り事を教えられてしまって、さらにわからなくなる。


迷走したくない人は、周囲を真似する。

誰かの真似をする。


そして、一見わかりやすい、良さそうな生き方をしようとする。

でも、違和感が出まくる。

違和感を感じても、それを無視することもできる。

なぜなら、違和感を無視する人たちと仲良くすれば、

一時的に違和感を忘れられるからだ。

だから私はグループで常につるんでいる人を見ると、

自分と向き合いたくないからなんだ、と思ってしまう。
(間違ってたらごめんなさないね)


そうして、何十年も生きてきてしまうと、違和感が普通になってしまって、何も感じなくなってしまう。


そうして、やがて人生の終わりがくる。

それでも最後まで気づかない人もいる。


それも人生だ。


でも、私の感覚では世の中の半分くらいの人は「何かが違う」と言うことを感じていても、それを信じ切ることができない人が、半数。

つまり全体の25%くらいの人が、違和感を感じながらも半信半疑で何も行動できずにいる。

全体の25%の人は違和感を感じたら、何かしらの行動を起こして、やがてその違和感の正体がわかる。


だから自分の人生を生きている人は、25%くらいなのだろうと思う。


この文章を読んで、気持ちがざわざわする人は、違和感を感じながらも行動していない人なのだろう。

もちろん、行動するもしないも、その人次第。

最後には、誰一人間違いなく死が待っているだけだ。

死の解釈もそれぞれで、誰も確認のしようがないのだけど、私は死で終わると思っているので、この人生を生き切りたい。


さて、あとは自分がどうするのか、どうしたいのか、を自分に問いかけるだけだ。


昨日ある場所でお茶を飲んでいたら、私よりも年配の女性四人組がいろんな話をしていた。

決して人の悪口は言っていないのだが、自分の人生を生き切っていないが故に、毎日いかにお金を減らさず、お金の心配をしなくていいか、が生き方の全ての基準になっているのを感じた。

おそらくほとんどの人が、年を取るとこの生き方になってしまう。


だからお年寄りも決して幸せではないし、それをいつも目の当たりにしている若い人たちも幸せではない。


なんともったいない。

死ぬ前日まで、楽しんで笑顔で生きられる人もいるんだけどな、と思う。

それが、自分の人生を生きると言うこと。

必要なのは、違和感と違和感を信じるだけ。

自分が幸せだと心から感じられたら、あなたはあなたの人生を生きている証だ。

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