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ほんとうはWebディレクタこそがDX人材

1. 2025年の壁

2. 最新技術動向のトレンドと既存のITベンダの事業構造の問題点

3. 最新のクラウド・SaaSでのシステム化において必要となる能力

4. WebディレクタこそがDX化を担う存在になる可能性


1. 2025年の壁

「2025年の壁」ということばをご存じでしょうか。聞いたことはあるような気がするが? という方が多いかもしれません。「2025年の崖」とは、2018年に経済産業省から出された「DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~」で提示された言葉です。

 DXという言葉がメディアなどでもいろいろ取り上げられるようになり、さまざまなDXに関する書籍も出版されるようになる最初のころによく参照されたレポートで課題として取り上げられた言葉です。「DX」ということばの概念もかなり広く、いろいろな意味合いで使われることも多い言葉ですが、2025年の壁で指摘しているDXの必要性というのは、守りのDXの必要性だと思います。攻めのDXというとデジタルを活用して消費者と新しい継続的な接点をもつことにより新たなビジネスモデル・付加価値の生成を目指そうというものですが、守りのDXというと最新のデジタル・IT技術を活用することにより業務を効率化していこうというものです。

経済産業省「DXレポート」より
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation/pdf/20180907_01.pdf

 企業でのDXへの取り組みといったときに多いのは、既存業務を最新のデジタル・IT技術を用いて効率化するという「守りのDX」ですが、守りのDXも簡単ではなく解決しなければならない課題がさまざまな面であることを指摘しているレポートです。

人手で紙で対応している業務はもちろんシステム化していきたいわけですが、IT化されていても20年前30年前のシステムである場合は、最新のクラウドなどを活用したシステムに刷新しないと日本は大きな経済損失を被るとの警鐘を鳴らしており、そのためにはクラウドなどの最新技術システムに刷新を進める必要性や受託型のITベンダの事業構造の変革の必要性などを論じている内容です。しかしながら、2025年などすぐに来てしまいそうな2023年になってもこのレポートで提言されている刷新・変革は十分には進んでいないように感じられますが、そこには既存のITベンダや開発会社の事業構造の問題点があると思います。

 2. 最新技術動向のトレンドと既存ITベンダの事業構造の問題点

Webディレクタなどをしている方々などであればみな感じると思いますが、この5年から10年でクラウドやSaaSなどの各種サービスがどんどん登場してきて、ECサイトなどでもShopifyを使って簡単にすぐにリリースできるようになってきています。

 一般的なWebサイト構築においては、以前からCMSというWebサイト構築ツールの分野があり、その中でもWordPressは広く使われてきましたが、最近ではWixなどのより簡単にWebサイトを作れてしまうといういわゆる「ノーコードツール」もいろいろ使われるようになっています。ひと昔前であれば、それらのツールで作ったWebサイトはデザイン・UI的には残念なものも少なくなかったのですが、WordPressのテーマもほんとうに数多く提供されるようになりましたし、Wixのようなノーコードツールでもかなりのデザインテンプレートは用意するのがあたりまえになってきました。

WordPressとWix

 一方で、営業が毎日の日報を入力したり見積書・請求書を作成するような業務もSalesforceやBOARDのようなSaaSを使うのがあたりまえになってきました。会計・プロジェクト管理などにおけるSaaSなどそれぞれの業務分野のためのSaaSが多数使われるようになってきて、各企業において複数の業務のために複数のSaaSを使うようになると、二重に入力する必要がないようにSaaSの間を連携させたいというニーズへ対応するシステム構築・開発業務もWeb制作会社などにもくるようになってきています。

各種分野での代表的なSaaS

 このような基本的な機能はできあいのSaaS・ツールで対応するものの、SaaS間のデータ連携機能の開発やその企業特有の事情に合わせたWebフォームなどのUI拡張機能の開発のような「周辺機能の開発」は行うという場合には、システム開発規模としては小さくなってしまいます。

 しかしながら、SaaSをベースとして実現するシステム全体としては小さなシステムではないために、全体の業務設計・システム要件定義などはきちんと行わないと、ある場合にはきちんと動作しないということが起きてしまいます。そしてシステム開発する領域は小さいために、Sierなどの既存のITベンダ、特に大手ITベンダにとってはおいしくない案件タイプという面があります。

SaaSベースで一部システム開発を行ったシステム構成例

 前述の経済産業省のDXレポートでも指摘していますが、既存のITベンダの受託型のビジネスモデルではおいしくない案件タイプが増えてきている最新の技術トレンドに対応するために、ITベンダのビジネスモデルの変革および従業員のスキルシフトの必要性を論じていますが、

本記事では、むしろWeb制作会社などに所属するWebディレクタがカバーしていく方がマッチする業務内容であり、全部ではないにしても、かなりの部分はWebディレクタが対応していく領域になるのではないかという観点をもとに、このような最新の技術トレンドが要求する業務・能力がどのようなものになっていくかをみていった上で、Webディレクタの人たちにとって一生の仕事として取り組んでもらうに値する分野が広がりつつあるというお話を展開していきたいと思います。

 3. 最新のクラウド・SaaSによるシステム化において必要とされる能力

さまざまなSaaS・ツールが広く使われるようになり、それらを組み合わせてシステムを実現していくという形態になっていったときに、システム構築の上流工程で要求される能力が変わっていく面があります。ある業務内容であれば基本的にはできあいのSaaSで簡単に実現できるものの、業務内容の細かいところを実現することはできないということがよくあります。そのような場合に、業務の詳細手順を変えるという調整も行うことが必要となりますが、そこの業務変更が大きなインパクトをあたえるためにシステム開発を行っても対応したほうが好ましい場合もあります。

 SaaSも各分野に多数のものが存在するようになってきて、あるSaaSであれば対応できる機能が別のSaaSでは対応できないということもあります。また、ある機能を実現することを考えるとAというSaaSがよいものの、別の機能には対応しておらず、その機能を実現することを考えると別のBというSaaSがよいということもあります。

業務とシステムの両面からの判断の必要性

 SaaSを使うのか、SaaSをベースとながらも一部機能はシステム開発するのか、あるいは一からシステム全体を開発するのか、という選択はスケジュール・予算に大きな影響を与えます。つまり、案件のごく初期、本当は業者選定の前に決定しておきたい事項ですが、この選択を正しく行うためには、業務要件をかなり細かいところまでかつ全体像を把握している必要がある一方で、システムのことがわかっていて最新のSaaSでどのようなことはカバーされているかという情報まで把握している必要があります。つまり、業務とシステムの両面から判断を行う必要があります。

 業務面の理解はやはりその業務を実際に行っている発注側企業・クライアント側の方がよくわかるので、クライアント側に業務とシステムの両面から判断をすることができる人間が増える必要性はありますが、現状の日本企業の現状を考えると、ここ5年や10年はベンダ側の人間にもシステム構築の初期段階で業務とシステムの両面から判断を行うことができる人材が増えていく必要があると思います。

また、特にSaaSをベースに一部機能をシステム開発で実現するシステム実現形態が増えていけば、Web制作会社でも十分に取り扱える案件規模のものが増え、Webディレクタに対してこのような業務とシステムの両面からの判断が求められる機会が増えていくと思います。

 ベンダ側のWebディレクタが業務とシステムの両面から判断していくときに必要となる能力・知識としては、業務面では、以下の三段階に分けてとらえることができます。

a.     営業・会計・マーケティングなど各種業務が一般的にどのような内容のものであるかに関する知識
b.     顧客企業・業界に関する知識 (当該業界の事業・製造・販路など)
c.      顧客固有の事情・要望や顧客の既存業務のやり方

Webディレクタといってもマーケティングをはじめ営業や会計などの業務についても一般的な知識はベースの知識としてもっておくとよいというのがaであり、できれば案件提案段階や案件開始時に当該顧客企業の業界の知識を事前に確認しておくとよいという知識がb です。また、cは顧客にお聞きしないとわからないことなのでヒアリングしていって取得する情報ですが、そのためにはaやbの知識は事前に保持した上での高いヒアリング能力があると好ましいことがわかります。

 一方でシステム面・UI面で求められる能力・知識としては、以下の三段階に分けてとらえることができます。

a.     サーバインフラ・セキュリティ・Web・API・DBなどに関する知識をもとにしたシステム設計能力・UI設計能力
b.     さまざまなツール・サービスに関する知識 (どのツールを利用するとどのような機能が実現できる等)
c.      顧客の既存システム・当該案件のシステムと接続するシステムの内容

a.のサーバインフラに関する知識といっても、サーバインフラ担当のエンジニアとして働くわけではないので基本的なところがわかっていればよいというものですが、インフラからセキュリティ・Webがどのような仕組みのものであるか、APIとはどのようなものでどのような場合に必要となるか、データとして保持する項目は何としてDBに保持して各サブシステム間でやりとりするデータはなにとする必要があるかなどは、システム構築の初期段階でイメージできないと、基本的なシステム実現形態の判断もできませんのでベースの知識として必要となります。

また、多数存在するできあいのSaaS・ツールでどのような機能までは実現できるかを把握していないとシステム構築の初期段階のシステム実現形態の検討もできないようになっており、そのために必要となるのが上述のb. となります。c. は業務面のときと同様にクライアントにお聞きしないと基本的にわからない情報ですが、a, b の知識をベースにした候補案をもとにcのヒアリングができるようでないと、システム実現形態の選択肢がさまざまありすぎて検討・決定できないという混乱した状態になりかねません。DXがなかなかうまくいかないことが多いとよく言われるひとつの側面ではないかと思います。

 4. WebディレクタこそがDX化を担う存在になる可能性

 前章でみてきたようなシステム化のために求められる能力の変化に対応していくのが、Web 制作会社のようなWebベンダおよびそこで働くWebディレクタの人たちがマッチするのではないかと考える面がもうひとつあります。

 Web・ネットの世界は次々に新しい技術・サービス・トレンドが登場してくる世界です。Webサイトというものが作ることができるようになり、検索エンジン・ポータルなどがでてきて、企業は会社HPを作ることがあたりまえになる中で、ブログで個人もコンテンツを作成するようになり、スマホ用のモバイルサイトやスマホアプリが登場してきて、SNS全盛の2010年代から20年代に入ってきたところですが、ツール・インフラという観点ではクラウドやSaaSがどんどん広がってきました。

 また、Webはコンテンツ企画・制作やUIやグラフィックデザインのようなクリエイティブな面もありますが、サーバが必要ですし、問い合わせフォームなどは静的なWebページでは実現できず、サイト内検索機能などのサービス提供される機能を組み込んでWebサイトを実現することや、CMSによるサイト構築などシステムがなんらか関係することも珍しくない面がある世界です。

 Webベンダで働いている人たちは、大なり小なり、このような次々と新しい技術やサービスが登場してくる世界を好ましくとらえている比較的若い年代の人たちが多く、また技術系の人間ではなくとも、システム面がなんらか関与するWebサイト構築にも慣れている人たちです。

 別の言い方をすると、業務とシステムの両面からの判断をシステム構築の初期段階から求められる、さまざまなSaaSなども活用したシステム実現形態におけるシステム構築プロセスは、Webベンダでシステム開発を含んだ開発プロセスと似ている面があります。

Webベンダでのシステム開発を含んだ開発プロセス

 Webディレクションやプロデュースをやってきて、データ分析や集客・デジタルマーケなどにも興味はなくはないものの、もっと「もの」を作ること、動くものをみんなで作り上げること、顧客の業務・顧客の課題に踏み込んで顧客に寄り添って仕事をしたいと感じているような人たちには、この記事で取り上げてきた最近のトレンドで求められる能力を身につけて、この分野でひとかどの人間になることを目指してほしいと思う分野です。ただWebサイトやスマホのアプリを仕様通りに作るだけでなく、そのサイトやアプリが実現すべき業務・サービスを実現できるようにするところまで、クライアントに寄り添って実現してみせる存在を目指してほしいと思っています。

 これからますます仕事として増えていくとともに、高い付加価値を生む分野で、DX (Digital Transformation) にも関連する分野です。Webディレクタとしてひととおりの仕事はこなせるようにはなったものの、この先、なにを目指してどのようにスキルアップしていければよいかイメージできないような人たちには、特にもう一歩先までいく目標としてもらうひとつの選択肢となる方向性だと思います。


Webディレクタとして次のステップをさがしている方たちへ

これからのWeb構築・Webディレクションとして、業務にまで踏み込んでディレクション/プロデュースすること、それが近年のバズワードであるDXにもつながること、そしてWebの進化とともにWeb構築の各種ツール/サービスやSaaSが広がってきていることにしたがって、業務とシステムの両面からWeb構築・運用していく人間が求められていくこと、そのためにどのような知識や能力を身に着けていくとよいかについて解説している「マガジン」です。