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糸口

 夜になると虚しくなる日々が続く。原因ははっきりとわからないが、根っこの深くにある、あるいは、これまで積み重ねてきた層のようなものが、放置してきた虫歯のように、ここにきて自分の存在を揺らしていると想像する。生きづらさに満ちた、わかりやすい不幸のない環境が、打開するための糸口を探しても、ただ空を切る指先を冷たくしていく。「死にたい」も「生きたい」もない時間を彷徨う。

 担当している利用者の退院が決定する。入院の際に「死にたい」と主治医に吐いた彼は、少し落ち着いてさっぱりした顔をしている。彼の苦しさの原因の一端は、傍から見ると、同居している両親に感じるが、退院後も、できることなら両親と暮らしたいという彼の意志がある。共依存という分析も、家族愛という上滑りも、「死にたい」という絶望も、「やりたい」を超えるには足りない。

 元職場の同僚らと会う。様々な理由があれど、しんどさややりにくさなどを感じて職場を離れた彼女らは、それぞれの道を見つけ、逞しく歩いているように見える。泥濘に見えるその足跡の深さとは対象的に、さっぱりした顔をしている。もしかしなくても「生きたい」と思えない夜を超えた目の奥が、自分の弱さを小さく震わせていることに呆れるが、その心臓に細い糸口を感じて、冷たい指先が動いていく。

 朝起きると体が重く感じる日々を送る。原因ははっきりとわからないが、様々なことを試して、体が目覚める瞬間に耳を澄ませる。人に会うのも会わないのも虚しい時間を彷徨いながら、大事なのは人だ自分だと存在を揺らしていく。生きづらさは前提に、虫歯の痛みがなくなるような、幸福はわかりやすいものと環境を整える。「死にたい」も「生きたい」も、「生きていて良かった」も感じる1日を創るには、まだ足りないと、両手で空を掴む動きが指先を熱くしていく。

 

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