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特別支援教育はどうなる?

 どの学校も児童・生徒がたくさん集まるので教室が足りません。少子化の時代、障害児らが通う特別支援学校は人気を集めています。ところが、国連障害者権利委員会は「普通学級から分離された特別支援教育をやめるように」と日本政府に勧告をしました。 一方、普通学級の中にも発達障害と思われる子どもはたくさんおり、8.8%にも上ると文部科学省は発表しました。混乱している学校現場は多く、早急な対応を求める声が上がっています。日本の障害児教育はどうなるのでしょうか。 「インクルーシブを学び、実践する学園」をビジョンに掲げる植草学園大学・短期大学の先生たちがリレーでコラムを書きます。

国連権利委員会と日本の障害児教育 (1)

               植草学園大学 発達教育学部 教授 野澤和弘             

 国連障害者権利委員会が2022年9月、日本政府の障害者施策の取り組みに関する「総括所見」を公表しました。普通学級から分離された特別支援教育をやめることを要請する内容が含まれていたことから、「特別支援学校を廃止し、すべての障害児を普通学級に受け入れるべきだ」との意見も聞かれます。
 しかし、日本の教育の現実を見れば、障害のある子の貴重な学びの場となっている特別支援学校をただちに廃止できるはずがありません。特別支援学校に通っている児童・生徒や保護者、先生の多くがそう思っているのではないでしょうか。
国連権利委員会の総括所見をよく読むと、質の高いインクルーシブ教育を行うため、障害のある子に合理的な配慮や必要な個別支援を行うことを求めているのだということがわかります。現在の日本の特別支援学校には課題もたくさんありますが、さまざまな障害のある児童・生徒に対して合理的配慮をしながら、個別の支援を行ってきた歴史があり、実践の蓄積があります。
理想的なインクルーシブ教育をどうすれば実現できるのか、現実を見据えながら冷静に考えていかなければなりません。

マスコミ報道は正確か

 国連の権利委員会の総括所見が英文で発表され、わかりにくい専門用語や言い回しが使われているため、微妙なニュアンスや正確な意図を読み取ることが難しいという面はあります。マスコミはわかりやすく、インパクトのある「見出し」を取る傾向があることにも注意しないといけません。
 たとえば、朝日新聞デジタル(2022年9月14日)は次のように報じています。
 「障害に基づくあらゆる差別の禁止などを定めた『障害者権利条約』について、国連の委員会が日本の取り組み状況を初めて審査し、9日に勧告を公表した。障害者の強制入院や、分離された特別な教育をやめるよう要請する内容などが盛り込まれた」
 これを読むと、日本の障害者政策のうち精神病院への措置入院や医療保護入院、特別支援学校や特別支援学級をやめるよう要請していると思われるでしょう。確かにそのような文言はありますが、教育に関してはもう少し複雑でデリケートな背景があり、そうした現実を踏まえた記述があります。それを詳しく見ていきたいと思います。
 総括所見は各国政府の障害者政策への「懸念事項」と、それに対する「要請」から構成されています。日本の障害児教育の「懸念事項」はこのように書かれています。

 Perpetuation of segregated special education of children with disabilities, through medicalbased assessments, making education in regular environments inaccessible for children with disabilities, especially for children with intellectual or psychosocial disabilities and those who require more intensive support, as well as the existence of special needs education classes in regular schools.

 直訳すると、「分離された特別な教育の永続化」への懸念について説明したもので、分離された特別な教育は、特に知的障害や精神(発達)障害、もっと手厚い支援が必要な障害児を通常の環境での教育にアクセスしにくいものになっていること、それは通常の学校における特別支援教育クラスの存在も同じであること。これらに対しての懸念が示されているのです。

求められているのは国の行動計画


 一方、懸念事項に対する「要請」では、分離された特別な教育をやめるために、障害のある子のインクルーシブ教育を受ける権利を認め、質の高いインクルーシブ教育に関する国の行動計画を策定し、すべての障害のある生徒があらゆるレベルの教育において、合理的配慮や必要な個別支援を受けられるようにすること。国の行動計画には具体的な目標や時間枠の設定、必要な予算の確保が含まれなければならないと」と記述されています。

Recognize the right of children with disabilities to inclusive education within its national policy on education, legislation and administrative arrangement with the aim to cease segregated special education, and adopt a national action plan on quality inclusive education, with specific targets, time frames and sufficient budget, to ensure that all students with disabilities are provided with reasonable accommodation and the individualized support they need at all levels of education.

 国連の総括所見を全体の構成から見れば、分離された特別な教育をやめるのはいわば自明の理であり、そのために実行性のある国の行動計画の策定を求めていると読むのが自然です。(自明の理なのになぜできていないのだ……と言われそうですが、それについては、後に詳しく述べます)
 マスコミの中でも、NHK福祉情報サイト「ハートネット」(2022年11月18日)は「分離された特別支援教育の中止に向け、障害のある子もない子も共に学ぶ『インクルーシブ教育』に関する、国の行動計画を作ることを求めました」と報じています。
 こちらの方が、総括所見の真意を正確に伝えていると思われます。つまり、単に特別支援教育をやめろと言っているのではなく、そのためには合理的配慮や個別支援が必要であり、必要な予算の確保を含めた行動計画を日本政府は策定すべきだと、権利委員会は要請しているのです。

「障害や困難性のある人もない人も共に生きる植草学園」
キャンパス内の石碑にある小出進・初代大学学長の言葉。

 障害といっても実に様々です。目や耳の不自由な子もいれば、知的障害や手足の自由な子もいます。最近は発達障害が増えていますが、自閉スペクトラム症やADHD(注意欠陥多様性障害)、学習障害、チック・トゥレット症候群などさまざまです。学習障害の中には字の読み書きだけに独特のハンディのあるディスレクシアという障害もあります。目や耳が自由といっても盲ろうの重複障害の子もいれば、片耳難聴の子もいます。行動障害を伴う重度知的障害の子もいれば、一見したところ障害のあることがわからない軽度知的障害の子もいます。
 こうした子どもたちの特性をよく理解した上で学習や育ちに必要な合理的配慮を提供することは容易ではありません。特別支援学校では少人数の児童・生徒に先生を手厚く配置し、保護者とも連絡を密に取りながら個々の子どもに合った環境や学習内容を考えて実践してきました。
 最近は特別支援学校を希望する児童・生徒が増え、どこの学校も教室が足りず先生たちも余裕がなくなってきましたが、それも特別支援学校での合理的配慮や個別支援が子どもたちや保護者に評価されてきたからとも言えます。
 あるいは、普通学級での集団活動と学習に障害のある児童・生徒は付いていけず、必要な合理的配慮がなされていないため、消極的な理由で特別支援学校が求められているのかもしれません。
 そうであるならば、特別支援学校の存在を否定的に見るのではなく、普通学級の改善や充実を促し、障害のある子が安心して学習できる普通学級にすることを考えなくてはなりません。そのことを国連権利委員会は要請しているのではないでしょうか。
 そして、特別支援学校での合理的配慮や個別的支援の実践の蓄積こそ普通学級の改革に生かさなければなりません。障害とは実に多様で、専門的な知識や経験がなければ適切な支援や教育をすることができません。障害のない子どもと同じように接することが、むしろ障害のある子を混乱させ、自傷他害やパニックなどの行動障害を引き起こしたりもしています。

 国連障害者権利委員会の総括所見はとても重要なことを指摘しています。「懸念事項」や「要請」に書かれていることを断片的に取り上げるのではなく、全体を通して真意をくみ取り、日本の現状に合った取り組みを進めていくことが求められているのだと思います。
                              つづく

野澤和弘 植草学園大学副学長(教授) 静岡県熱海市出身。早稲田大学法学部卒、1983年毎日新聞社入社。いじめ、ひきこもり、児童虐待、障害者虐待など担当。論説委員として社会保障担当。2020年から現職。一般社団法人スローコミュニケーション代表、社会保障審議会障害者部会委員、東京大学「障害者のリアルに迫る」ゼミ主任講師。著書に「スローコミュニケーション~わかりやすい文章・わかちあう文化」(スローコミュニケーション)、「条例のある街」(ぶどう社)、「障害者のリアル×東大生のリアル」(〃)など。https://www.uekusa.ac.jp/university/dev_ed/dev_ed_spe/page-61105

植草学園大学・短大 特別支援教育研究センター

障害者支援を学ぶことは、すべての支援の本質を学ぶことです。千葉市若葉区小倉町にキャンパスをもつ植草学園大学・植草学園短期大学は、一人ひとりの人間性を大切にした教育を通じて、自立心と思いやりの心を育むことにより,誰をも優しく包み込む共生社会を実現する拠点となることを学園のビジョンとしています。特別支援教育研究センターは、そのビジョンを推進するため、平成26年度に創設され、「発達障害に関する教職員育成プログラム開発事業」(文部科学省)の指定を受けるなど、様々な事業を重ねてきています。現在も公開講座を含む研修会やニュースレターの発行なども行っています。
                     tokushiken@uekusa.ac.jp

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