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『屋上から見つけた事件』(掌編小説)

 昼休み、学校の屋上で昼食を食べている時だった。

 不意に凪沙が言った。「ねえ、見てよあれっ!」
「え、何、何」私と恵梨は、凪沙の突然の言葉に少し驚いた。

「ほら、あそこっ! あれ事件じゃないっ?」
「事件っ!?」
私達の高校の前には新築の大きなマンションが建っており、凪沙は手すりに乗り出してそちらを指差していた。

 私と恵梨も同様に手すりに乗り出して、そのマンションの方を見た。
「どこっ?」
「上から3番目の、右から2、4、6、、、8番目くらいにある部屋よっ」

 私は凪沙の言ったその部屋の所在を突き止めようと、視線をその方向にやった。
そして凪沙の言った事件という言葉の意味を、すぐに理解した。
「あっ!」

 そのカーテンの開け放たれた部屋の中で、スーツ姿の男の人が、水色のワンピースを着た女の人にナイフで襲いかかっていた。

 女性はその男のナイフを持った腕を、両手で押さえて必死に抵抗しているが、かなりの劣勢だった。
男女の腕力差を考えれば、女性がナイフで刺されるのも時間の問題だろう。

「やばいっ、やばいっ、やばいっ」
「助け呼ばないとっ、警察っ」
私が代表してスマートフォンを取り出して、110番通報をしようとした時だった。

「あっ、待って遥香っ」
「何っ?」
「ほら、あれどういうこと」凪沙と恵梨が戸惑った表情をして、その部屋を見つめていた。

 私はスマートフォンから顔を上げて、もう一度その部屋を見た。

 さっきまでナイフで襲いかかっていた男性と襲われていた女性が、親しげに会話をしている感じだった。
女性の方は口に手を当てて笑い、男性の肩を小突いたりしている。

「え、待ってよ意味不明なんだけど」
「何だったの、今の」
「和解したの? だとしたら、早すぎない?」

 私達三人は、完全に困惑していた。
どうしてナイフで襲われていた直後に、あんな楽しそうに話せるの?

 そう疑問に思った時、私はふとある考えに至った。
「あ、あれってもしかして、、、」

 *

 私の推理は的中していた。
あれは、毎週火曜日に放送されている刑事ドラマの撮影だったのだ。

 私は普段は見ないそのドラマを、今日だけはリアルタイムで見ていた。
私達が屋上から見ていたあの場面が、これから流れるのだ。
「そろそろね、、、」と私は呟いた。

 そしてあの場面がやってきた。
画面内で、ナイフを持ったスーツ姿の男性が水色のワンピースの女性に少しずつ近づいていく。
女性は怯えた表情で、後ろ向きにゆっくりとバルコニーの窓の方まで後退する。

 それから男性が女性に遅いかかったその瞬間、女性の背後に私達の通う高校が映った。

 そしてその屋上で、私達三人の小さなシルエットがはっきりと映っていた。


 これは大学を卒業して社会人となった私と凪沙と恵梨の、今でも共通した笑い話の一つだ。

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