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アライヴ④(最終話)

 内海はゆっくりと頷いた。「先月の夜だった。放課後、五井駅の近くのコンビニに一人で入ったの。そしたらあの三人、橋本と冷牟田と金子が、店の中にいた。
 それでちょっと三人の様子が変な感じがして、気づかれないように観察してたら、橋本が万引きを働いた。店のお菓子をカバンに入れて。私、本気でびっくりした。あの時までは、生徒の鏡みたいな存在だと思ってから。
 で、会計せずに店から出た三人を追いかけて、そのことを追及した。そしたら三人が血相変えて、私を強引に、近くの公園の多目的トイレに連れてった。それで、無理やり制服を脱がされて、下着姿だけにされて、写真を撮られた。信じられないでしょ? 
 それから今度は自慰行為を強要された。それだけは嫌だって必死に抵抗したけど、下着姿の写真をネット上にばら撒くぞって脅されて、仕方なく従った。そして、その様子も撮影された。笑いながら。
 終わった後、万引きのことをチクったら、お前のポルノ動画をネットにアップするからなって言い残して、三人はトイレから出てった。それ以降も脅迫は続いて、何度も同じ多目的トイレに呼び出されては、同じことを強要されて、動画に撮られた。こんなことが二週間くらい続いた。それで私……もう学校行くの、無理ってなって、それで……」

「内海さん、もういいよ。辛かったね。ごめんね」佐久間は涙を浮かべながら、内海の背中に手を当てていた。「ごめんね。ごめんね。気づかなくて」
「内海……どうして先生や警察に相談しなかったんだ……?」中原が躊躇うように訊いた。
「自分がこんな目に遭ってるってこと、絶対に親に知られたくなかったから。それに、もしも動画がネットにアップされたらって思うと、本当に怖くて」

「なるほど」中原は小さく頷いた。「スマホに、呼び出された記録とか残ってるか?」
「ううん……あいつら狡猾だから、そういう証拠は、絶対に残さなかった。いつも直接で」内海は言った。「でも一回だけ、動画じゃないけど……こっそりスマホのボイスメモで録音したことはある」
「内海」僕は言った。「それは重大な証拠になる。もしよかったら、聞かせてほしい」

 数分後、その録音された音声を聞いた僕らは言葉を失っていた。
 橋本と冷牟田と金子が、内海に無理やり自慰行為を強要させる声がスマートフォンから流れていた。

 内海は泣いていて、対照的に三人は嘲笑っていた。人はここまで悪魔になれるのかと、僕は思った。
 あの三人は優等生の皮を被った外道だという証拠が、そこにあった。

 音声が停止した後、部屋は沈黙に包まれた。車の走行音だけが聞こえていた。

「だから凪からその話を聞いた俺は、そいつらを絶対に殺してやりたいと思った」世良は言った。「ちょうど三人の席は、教室の前の方に固まってたらしいから、飛行車で突っ込めば一気に殺せるって思ったんだ。他の連中には悪いけど」
「今の音声を警察に提出すれば、確実に逮捕できたはずだろ」中原は言った。「どうしてわざわざそんな方法を」
「未成年だと、罪が軽くなるからか?」

「そうだ」世良は頷いた。「あいつらの所業は、死罪に値する。だが現実はどうだ? この国では少年法なんてふざけた法律が定められてる。正しく裁かれないんだ。罪を犯しても顔や名前が報道されることはないという現状が、あいつらを甘やかすんだ。あんなクズどもが、何事もなかったかのように社会復帰するのさ。そんなことは絶対に許せなかった。凪には泣いて何度も止められたけど、俺の決意は変わらなかった。我慢できなかったんだ。特攻することに、躊躇なんてなかった」
「自分の命を、落とすことになってもか?」僕は訊いた。
「それも、覚悟の上だった」
「そうか」

 およそ一時間後、海士有木高校に戻った僕と佐久間は、二年一組に続く廊下を歩いていた。
 中原には部屋に残って、世良の監視を務めてもらっていた。
 だけど僕から見る限り、世良にはもう犯行の意志はないように感じられた。

 佐久間は僕がこれから何をするつもりなのかわかっていたが、敢えて口出しはしなかった。ただ黙って、僕の隣を歩くだけだった。

 教室の扉を開けると、一斉に僕らに視線が集まった。今は授業と授業と合間の休み時間らしい。都合がいい。

「お前ら」冷牟田が言った。「今まで何してた。学校中で話題になってるぞ……」
 僕は冷牟田のところまで歩き、彼の胸ぐらを掴み、渾身の力を込めて殴った。
 冷牟田は椅子から派手に転げ落ちた。自分以外の人間を殴るのは、これが初めてだった。

 教室に上がった悲鳴を無視して、今度は呆気に取られた様子の橋本を思い切り殴った。また同様に悲鳴が上がった。

「ちょっと何してんの……やめなよ」金子が口に手を当てて言った。「ねえ、どうかしてるって。今日ずっとおかしい」
「うるせえよ」僕は吐き捨てるように言った。「おかしいのはお前らだ。お前らだけは、死んで正解だった」
「都築」見ると、佐久間は涙を流していた。

 あれから五日が経った。
 放課後、停学処分が解けたばかりの僕は、佐久間と中原と市原市役所の近くにあるデニーズにいた。部活終わりに食べるデザートは格別だ。

 橋本、冷牟田、金子は逮捕され、犯行を自供した。これまでの容疑を全て認めているらしい。全員揃って退学処分だ。

「世良のやつ、今日出頭して逮捕されたらしいぜ」僕の向かい、中原がチョコレートパフェを食べながら言った。「殺人予備罪……だっけ」
「そっか」その隣、佐久間がパンケーキを頬張りながら言った。「でも、内海さん戻ってきてくれたね。本当に良かった」
「ああ、それだけが唯一の救いだよ。俺たちのクラスで」

 パンケーキを食べる手を止めて、佐久間が僕のことを見つめた。「ねえ、都築」
「ん?」自然と僕も、コーヒーゼリーを食べる手を止めた。
「ありがとね。都築が予知夢を見てなくて、私たちに伝えてくれてなかったら、今頃私たち、こうしてここにいなかったと思う。都築のおかげだよ」
「うん、佐久間の言う通りだ。ありがとな、都築。感謝してもしきれねえよ」

  二人に対して、返す言葉が見つからなかった。
 十一年前のあの日、僕は一度、佐久間と中原を見殺しにしている。
 そんな僕が、二人に感謝される資格が本当にあるのだろうか。

 僕は正面の二人を見つめた。「なあ、僕、本当はさ……」
「なんだ?」
「いや、やっぱりなんでもない」
「ええ、何それ? 気になるじゃん、言ってよ」
「悪い。いつか、いつか話すよ。そのうち、さ……」

 佐久間はクスッと笑った。「都築ってさ、やっぱ変わってる。ね、中原もそう思うでしょ?」
「いや、確かに都築は変わってるけどさ、言っとくけど、お前もだいぶ変わってるからな?」
「はあ? ざっけんな、あたしのどこが変わってんのよ」
「その暴力的な態度」

 僕が思わず笑ってしまったことで、互いに睨み合っていた二人は同時にこっちを振り向いた。
 僕は二人のキョトンとした視線をしっかりと受け止めた。「二人とも、本当にありがとう」

 これから僕は、僕として第二の人生を歩むことになる。
 今度はもう自分を殺さない。ちゃんと精一杯、生きていくんだ。

 だけど、これからもう一度大学の受験勉強が待ち受けているという事実は、僕を少しだけ憂鬱にさせた。
 そう、少しだけ。

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