見出し画像

【ショートショート】アイスクリーム工場

 町のアイスクリーム工場が潰れることを知ったのは、今朝のことだった。

 僕はその報道をテレビのニュース番組で目にした時、言葉には出さずとも軽いショックを受けた。

 子供の頃からそのアイスクリーム工場で生産されたアイスクリームをよく食べていたし、小学生の時には学校の課外授業の一環で工場見学にも行った。

 長い間親しんできた町のアイスクリーム工場が潰れ、その工場の製品がもう食べられなくなるという事実は、僕にとって悲劇みたいなものだった。

 日が暮れて気温が少し下がる頃、僕は散歩がてらに思い出のアイスクリーム工場まで歩いてみることにした。
 そこは僕が住む大学の寮から比較的近所に位置しているが、往復の距離を考慮すれば軽い運動にはなるだろう。

 大学が夏休み中で、今日はアルバイトのシフトが入っていないし、特にこれといった予定もなかった。
 冷房の効いた部屋でテレビゲームをやって一日を浪費するのは、あまり賢い夏休みの過ごし方ではないと夕方になって思い直したのだ。

 部屋を出た時、ちょうど隣の部屋に住むサイモンと出くわした。
 サイモンはカナダからの留学生で、年齢は僕より一つ下の二十歳だ。部屋は僕が206号室で、彼が207号室。
 僕もサイモンも理工学部の建築学科で、部屋が隣同士にあるから、自然と意気投合するようになった。

 部屋の前で、これから年内に潰れる予定のアイスクリーム工場まで歩いて行くのだとサイモンに話すと、彼も一緒について行きたいと言った。
 この辺りの地理をまだ正確に把握できていないから、良い機会だと思ったらしい。僕は快諾した。

 そうして僕らは寮を出て、目的のアイスクリーム工場まで向かった。

 およそ十五分間歩いた後、僕とサイモンはアイスクリーム工場の前に立った。
 広大な敷地の中に、白い立方体の建築物が存在する。
 あれが猛暑乳業株式会社の猛暑アイスクリーム工場だ。

「近くにこんなに大きな工場があったなんて、私知らなかったです」
「あと数カ月で潰れてしまうけどね」
「潰れた後は、ここには何ができるのですか?」
「ショッピングモールらしいよ。この国はとにかくいろんな場所にショッピングモールを作り続けないと気が済まない気質なんだ」
「でも、ショッピングモールができればこの町のエコノミクスは潤うでしょうね」
「そうだね。この工場、最近はずっと赤字経営だったみたいだし」

 僕は少し感傷的になりながら、猛暑アイスクリーム工場の外観を見上げていた。
 そんな時、工場の屋上から何やら銀色に輝く物体が飛び出したのが視界に入った。

 その物体は物凄いスピードで飛翔していき、すぐに遠くの空へと消えていった。
 一瞬しか見えなかったが、物体の形状は確かに円盤だった。

 僕とサイモンは暫く黙ったまま、上空を見つめていた。東の空には、夕日に染まる巨大な積乱雲が発生していた。

「今の、見た?」僕は視線をサイモンに向けた。
「ええ、見ました。あれ、UFOだったですよ」
「だよね。あれは間違いなくUFOだった」
「でも、なぜアイスクリーム工場からUFOが飛び出したんです?」
「わからない」僕は首を振った。「わからないけど……もしかしたら、この工場は宇宙人に乗っ取られたのかもしれないね。だから事業が継続できなくて、倒産することになったんだ」

 そんな僕のジョークに、サイモンは全くと言っていいほど笑わなかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?