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消費者政策の新展開を読み解く~新たに消費者法に求められるものは何か(前編)~【全4/7回】

3回にわたって、「消費者法の現状を検証し将来の在り方を考える有識者懇談会における議論の整理」を見てきました。いよいよ、(これからの)消費者法に何が必要か、という核心部分に入っていきます。2回に分けて見ていきます。


今回のポイント

  • 法令以上にデジタル技術が取引を規定しうるという現実、また、AI等の技術による「個別化」の進展を踏まえ、これらの技術や、取引の場を提供するプラットフォーマーに対する規律を考える必要がある。(「デジタル化の進展が法にもたらす影響」)

  • 高齢化の進展、またデジタル化に伴う情報過剰な環境により、認知症はもとより様々な背景で意思決定に支障を生じうる多様な状態に配慮が必要。また、取引の国際化にも対応が必要であり、規制のエンフォースメントやプラットフォーマーを通じた規律付け等も考える必要がある。


3 消費者法に何が必要か

ここまで、デジタル化の進展などを踏まえ、消費者の「脆弱性」に正面から向き合うべきこと、そのために消費者を「生活者」としてより広く捉える必要があること、広く消費者の脆弱性に向き合うためには、規制(ハードロー)のみに頼るのではなく、マルチステークホルダーで社会のガバナンスを構築する必要があること、などが指摘されてきました。

これらを踏まえて、
(1)デジタル化の進展が法にもたらす影響
(2)社会の多様化・複雑化に対応して新たに必要となる規律
(3)様々な規律手法の役割分担と関係性の検討
の3点に分けて、消費者法に今後何が求められるのかを論じています。今回は(1)(2)を見ていきます。

(1)デジタル化の進展が法にもたらす影響

消費者庁「消費者法の現状を検証し将来の在り方を考える有識者懇談会における議論の整理(概要)」より画像引用

ここで議論されているのは「技術が果たす役割、法と技術の関係の整理」「AIの発展・普及が消費者法に与える影響」の2点です。

技術が果たす役割、法と技術の関係の整理として、まず指摘されているのは、技術が取引の在り方を規定するという現実です。オンラインでの取引において、消費者の意思決定を左右するのはサービスの詳細な説明や契約内容以上に、レコメンドや購買導線のわかりやすさといったユーザーインターフェースなのではないでしょうか。こうした現実を踏まえ、契約やそれを規律する法律だけでなく、デジタル技術によって取引が規定されており、法と技術の摩擦や相克の問題が生じていると述べています。
また、デジタル取引においては、消費者の脆弱性が顕在化しやすい傾向にあることも指摘しています。ダークパターンの問題が典型です。もちろん、技術を適切に利用することで、より安全・公正な取引環境を構築する余地があることにも言及されています。

こうした認識のもと、消費者法は、「技術が果たす役割や可能性との関係で消費者法による対処や規制が必要な場面を整理し、新たに構築していく必要がある」と結論付けています。具体的には、技術の使い方について一定に規律付けを行うことや、事業者が適切な技術の開発・実装を行うようなインセンティブ設計を行うこと、デジタル化により急速に浸透しているサブスクリプション型契約に対する規律付けの必要性を指摘しています。
加えて、デジタル取引において重要な役割を担っているデジタルプラットフォームについても、消費者法によって、デジタルプラットフォーマー自身が適切な規律を実践できるような仕組みを構築することが必要になるとの考えを示しています。

AIの発展・普及が消費者法に与える影響としては、AIによる取引の「個別化」に対する懸念を論じています。まず、AIによる「個別化」はあくまで推定の結果であり、誤推定の問題があります。また、現状においてAIを利用しているのは主に事業者側であり、事業者と消費者との間の情報処理能力の非対称性、格差が新たに生じています。その結果、消費者の脆弱性を引き出してしまうような形でAIが悪用ないし誤用される可能性があるとしています。

こうした課題に対し、消費者法は、「AIそれ自体を含む技術やシステム設計が取引を規律することを前提に、そこでの規律の在り方を、体制整備義務や透明性確保、事後的監査の仕組みなどを組み合わせることで法によって担保するアプローチが有効と考えられる。また私法的にも、意思を基盤にする契約法制よりは不法行為法制によって、金銭的インセンティブを通じて事業者の行動を規律する手法を構築することが有益と考えられる。 」と結論付けています。

さらに、消費者自身がAIを活用していくための環境を消費者法において整備していくことで、事業者との間の情報処理能力の格差を縮小し、脆弱性を補完しうる可能性があること、生成AIについてはまだ消費者に対する影響が十分に見通せないため、国内外の議論を注視すべきことも指摘しています。

(2)社会の多様化・複雑化に対応して新たに必要になる規律

消費者庁「消費者法の現状を検証し将来の在り方を考える有識者懇談会における議論の整理(概要)」より画像引用

続いて、「多様な主体への対応」「取引の国際化への対応」について論じています。

多用な主体への対応としては、高齢化の進展により認知機能が低下した消費者が関与する取引が相当程度の規模を有すること、また、認知症に限らない軽度の認知障害や発達障害などにおいても、特に情報過剰のデジタル環境においては判断に影響を及ぼし得ることなどを指摘し、その対応の必要性を指摘しています。これらを例外事象として見ることはもはや不適切であり、認知機能や判断力の低下といった脆弱性に対し、適切な規律や仕組みを構築していくことが必要です。

従来の成年後見制度などに頼ることは難しく、「消費者取引が生活者としての営みでもあることを踏まえ、消費者本人の意思を保存したりその判断をサポートする仕組みの導入や、認知機能や判断能力を推定する技術の利活用の促進などの多様な手法を通じて、消費者取引から排除することなく、多様な主体が安心して消費者取引を続けることができる社会を実現するための規律を、消費者法において整備することが求められる。 」と結論しています。

取引の国際化への対応という観点では、デジタル化により消費者取引においても越境取引が急拡大していることを踏まえ、その規律の在り方を検討すべきであると指摘しています。また、取引を直接的に規律する私法だけでなく、行政法としても日本の消費者向けに取引を行う事業者の国内窓口の確保や企業名の公表、デジタルプラットフォームを介した仕組みづくりなど越境取引に対応した制度の構築が求められるとしています。
さらに、消費者の越境取引の多くがデジタルプラットフォームに依拠していることを踏まえ、デジタルプラットフォーマーへの切りづ付の必要性を改めて指摘しています。

長くなりましたので「(3)様々な規律手法の役割分担と関係性の検討」は次回とさせてください。(続く)

<このシリーズの過去記事>


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