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消費者政策の新展開を読み解く~消費者法の目的と役割を問い直す~【全2/7回】

前回につづいて、消費者庁の「消費者法の現状を検証し将来の在り方を考える 有識者懇談会における議論の整理 」(2023年7月)に沿って、消費者政策の新たな議論を見ていきます。


今回のポイント

  • 消費者法の目的の捉え直し

    • 消費者と事業者の対等な関係を担保するだけでなく、消費者の「脆弱性」に向き合う必要がある(メルクマールの刷新)

    • 消費者の自由で自律的な意思決定の環境を担保するのみならず、消費者の幸福を実現をも射程に入れるべき

    • 消費者の脆弱性等を利用した悪質な取引を排除し、健全な取引社会を実現すべき

  • 消費者法の役割の拡張

    • 消費者の脆弱性を意図的に利用(悪用)する事業者に対する規制や、意図しない形でも脆弱性が引き出されうる状況への配慮

    • 消費者の立場に立ったデジタル技術の活用など、消費者のエンパワーメントによる格差是正と脆弱性対策

    • 法規制(ハードロー)のみに依存しない、マルチステークホルダーでの社会のガバナンスのコーディネート


1.消費者法で何を実現するか

はじめに、消費者法の目的や役割を、今日的な文脈=デジタル技術の進展や消費者の脆弱性を前提に再確認しています。

消費者庁「消費者法の現状を検証し将来の在り方を考える有識者懇談会における議論の整理(概要)」より画像引用

(1)消費者法の目的

まず、消費者法の目的として、以下の3点を論じています。
・消費者法のメルクマール
・消費者の「幸福」
・健全で自律的な取引社会

「消費者法のメルクマール」という言葉はなかなか馴染みがないですが、本文中に『消費者法によって消費者の支援・保護を図ることが正当化される根拠は、消費者契約法の制定以来「消費者・事業者間の情報の質・量、交渉力の格差」というメルクマールに求められている』とあることから、そもそもなぜ消費者保護が必要なのか、という根拠を、消費者・事業者間の格差に求める考え方と捉えてよさそうです。
この点について、単に消費者と事業者の間の情報や交渉力の格差に留まらず、消費者の「脆弱性」に正面から向き合うべきこと、その際、「脆弱性」も消費者の属性などにより一概ではなく、「脆弱性」概念の精緻化を図っていく必要性が指摘されています。

消費者の「幸福」については、その実現を消費者法の目的として捉えることができるとしつつ、単に消費者が自由で自律的な選択を可能な環境を確保する(主観的価値の実現)だけでは不十分であり、「脆弱性」を有する主体としての消費者が、苦痛なく利便性を享受することができる「安全」な状態を確保すること(客観的価値の実現)が必要であると指摘しています。
この「自由で自律的な選択」と「安全」は必ずしも両立しないものであり、この両者のバランスを如何に取るかが重要な課題であるとされています。

さらに、健全で自律的な取引社会という観点では、消費者の脆弱性や消費者と事業者との間の様々な格差を不当・不適切に利用する悪質な取引を排除することの必要性が指摘されています。不適切な事業者を排除することは、健全な取引を志向する多くの事業者にとってもメリットがあるものであり、消費者法を消費者対事業者の対立構図で捉えるべきではない点も述べられています。

(2)消費者法の役割

続いて、消費者法の役割として、やはり3点を指摘しています。
・消費者の脆弱性の利用に対する規制
・消費者のエンパワーメントによる格差是正と脆弱性対策
・社会におけるガバナンスのコーディネート

消費者の脆弱性の利用に対する規制としては、人間の判断には常に何らかの脆弱性がありうることを踏まえ、脆弱性のみに依拠して規制・介入を行うべきではないとした上で、その脆弱性を意図的に事業者が利用する場合や、脆弱性を意図的に引き出すような場合については、規制を行うべきとの考えを提示しています。また、事業者の意図によらず脆弱性が利用され不当な取引結果をもたらしうること、AI等の技術の進展によりその傾向が加速されうることにも留意すべきことが指摘されています。

消費者のエンパワーメントによる格差是正と脆弱性対策においては、消費者教育や消費者理解の促進といった従来型の取組によって消費者と事業者の間の格差是正を図ることが引き続き重要であるとしつつ、デジタル技術やAI等の活用により、消費者をエンパワーメントする方策にも目を向けるべきであると指摘しています。

社会におけるガバナンスのコーディネートでは、法律による規制のみに依拠するのではなく、インセンティブや技術的手段の活用も視野に入れて、社会におけるガバナンスを実現するようなコーディネートの必要性を指摘しています。その際、競争法等の消費者法以外の分野・行政機関との協働や、サーキュラーエコノミーの実現といった消費者にまつわる新たな課題との関係についても検討が必要であるとしています。

ここまでのまとめ

消費者の幸福を実現することが消費者法の目的であり、そのためには消費者の「脆弱性」に正面から向き合い、健全な取引環境を実現することを目指すべきである、ということが確認されました。
また、その実現手段として、規制のみによるのではなく、インセンティブ設計やテクノロジーの活用など、様々な手段を用いて社会のガバナンスを構築することの必要性を強調しています。

このあと、議論は消費者法の対象となる「消費者」や「事業者」の捉え方、プラットフォームなど従来と異なる主体の扱い、国や民間団体の役割、などに展開されていきます。長くなりましたので、稿を改めます。(続く)

<このシリーズの過去記事>


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