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ワークフロームホーム。を上手くやるコツを掴むのに2年くらいかかったけど、掴んだら結構バラ色だったよ!って話。エピソード0
お疲れ様です!オーストラリア在住保育士のぴぃです!
最近お休みの日に日本の生徒さんに向けて自宅でオンライン英語の先生を始めました!
ビバワークフロームホーム!!
しかしながら。
実はこれ、私の初自宅勤務ではありません。
大学を卒業してから4年ほど、実はフリーランスとして映像業界で働いていた私。実家の、小学校入学の時に買ってもらった勉強机にiMacを置き、背もたれの取れたきんぎょ注意報の椅子に座ってゴツゴツ編集をしておりました。
所属していた会社も今話題のコワーキングスペースの一角をベースにしており、10年以上前すでに自覚はせずになかなか最先端な働き方をしていたのです。
きっかけはシンプルに就活です。
美大のデザイン科映像コースに通っていた私は、とびきり面白いCMやエモかっこいいMVを作りたいと、大手の広告会社やCM制作会社を中心に就活をしていました。
で、全部落ちました。
気づいた時には名のある会社のリクルートは終わっており、背に腹は変えられず広告にも映像にも全く関係ないような業界もちょいちょい受けながら疲れ果てた頃にはもう卒業制作の追い込み期間まっしぐら。
泣く泣く就活は一時休止し、辞めていた保育室の経営やスタッフ育成がかなり厳しくなっていたそうで駅でばったり会った社長にカムバックのリクエストを受け、
卒業制作を作る資金を得るためにバイトをしながら制作に没頭し、ようやく終えたところでもう卒業直前。
保育室からは社員になって欲しいと言われましたがそれは違うと思い、最後に受けた映像制作会社。と思っていた所に滑り込みで入れてもらった訳ですが。
そこが会社、と言うよりはフリーランス集団のようなグループ?のような形態を取っていたのです。
と、言うことで、
未経験、人脈も当然なければスキルもぶっちゃけ素人にうぶ毛が生えたような程度の新米フリーランス映像系スタッフが誕生しました。
最初の数ヶ月、まっじで仕事がない。
たまーにある撮影に着いていきお弁当を買ったり、編集スタジオに同行してお弁当を買ったり。
それでちょっとばかりの日給を貰う。という流れ。
いや、これ就職ちゃうやんか・・・
収入もそれしかないわけで、当面保育室でも働きながら急に言われる撮影日に保育室のシフトを調整してもらい行く。という日々に、明らかに何か違う感。
速攻で就活を再始動し、1社目でじゃあ月末から来て。と言われ、トントン拍子で保育室も辞めました。
そこで、その会社との連絡が途絶えました。
メールしても返信なし。
うぉおおおい!!!!
なんだかなぁ。。と、この感じで保育室に戻るのも恥ずかしいし、また就活かなぁと思っていたところに上司から
某有料チャンネルの番宣スポット、作ってみる?
と声をかけられました。
断る理由がどこにありましょうか。
編集ソフトもいまいち上手く使えなかった私の、おうち編集人生がここで始まりました。
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