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スウィングしたけりゃ遅らせろ!〜ジャズ演奏においてスウィング感をもたらすものとは

「スウィングって何だろうね?」
これは有名なジャズトランペッターにしてシンガー、ルイ・アームストロングがその唄の中で発した問いかけです。確かに"スウィング"という単語は、ジャズという音楽の特徴を最も端的に表現し、かつその演奏におけるエッセンスとして求められるものですね。実際、ジャズミュージシャン自身が「こいつあイケてるぜ」という感覚を表現するのに使われます。だけど、この音楽が誕生してもう100年も経とうというのに、「何が」スウィング感を生むのか、ということは音響心理学的にまだ解明されていません。つかみどころのないリズムの「揺れ」、つなぎ合わされる音の長短の「妙」、あるいは一音に込められた「何か」みたいなものとして片付けられてしまっていました。

そんな中でもよく言われるのは、2つ並んだ8分音符の長さが、4分音符を均等に分割した長さではなく、1番目のもの(これをダウンビートといいますが、日本ではオモテ拍と言った方が分かりやすいかも)が長く、2番目のもの(同オフビート、即ちウラ拍ですね)が短くなるよう、不均一に演奏されているというものです。例えば8分音符が8つ並んだとき、ジャズでは「タタ タタ タタ タタ」ではなく「タータ タータ タータ タータ」と演奏されることがほとんどです。

こんなまだるっこしい説明を読むより実際に聴いてみるのが手っ取り早いです。是非、次のリンク先を訪れてください:https://nld-intern.ds.mpg.de/swingratio/

"Please shift the slider to change the swing ratio."
というアラートが現れますが、恐れることなく「閉じる」を押して、次に出てくるページを待ちましょう。そうすると、2小節の簡単なフレーズの楽譜が表示されます。その下にある再生ボタンを押せば、このフレーズをピアノで弾いた音源が流れてくるはずです。

最初の設定では、8分音符は「均等割」で演奏されます。おそらくどこかで耳にしたことのあるフレーズだけど・・・なんかジャズっぽくない。そう感じられるのではないでしょうか。
では一番上にある「swing ratio(スウィング率;笑)」というバーを少し右にずらしてみましょう。あまりずらし過ぎてはいけません。とりあえず1.0と2.0の間の適当なところに動かしてからあらためて再生すると・・・あ、なんかジャズっぽい、と感じませんか?

いわゆるシンコペーションの応用みたいなもので、長短の音をつなぐことで独特の跳ねた感じが生まれます。
なんだ、これが「スウィング」のヒミツか。と素人耳には納得してしまいますが、ジャズミュージシャンに言わせると「いや、それだけじゃあないんだよ」ということなんです。

前置きが長くなりましたが、その「まだ足りない」部分が何か、ということに迫る研究成果が発表されました。Communication Physicsという、れっきとした物理学系の学術雑誌ですが、ドイツのマックス・プランク研究所の物理学者とゲオルグ・アウグスト大学ゲッチンゲンの心理学者のコラボレーションによるものです。上のデモ音源も彼らによって提供されています。

彼らはスウィング感を生み出す要素として、「マイクロタイミング偏差」に着目しました。なんか難しそうですけど、まるっと言ってしまえば8分音符の「幅」みたいなものです。譜面上では同じ8分音符であっても、与えられたテンポの中でその音符をどのタイミングで始めてどれだけ伸ばすか、あるいはどこで切って次の音に移るか、が奏者によって異なりますよね。その最も顕著な例が上の「スウィング率」として表されるわけですが、この論文の著者らはさらに1音1音の長さの僅かな違いにとことんこだわってみた、というわけです。

彼らはまず、ワイマール・ジャズ・データベースという音源ライブラリーに収められている様々なアーティストによる456の演奏のソロ部分から、隣り合うオモテ拍とウラ拍のセットをすべてコンピューターに取り込み、ドラムが叩いたオモテ拍からソロアーティストが発したオモテ拍がどれだけズレているかということと、続くウラ拍との間隔(つまりスウィング率ですね)を分析しました。そうすると、ほとんどの場合、ソリストのオモテ拍はドラムが刻むオモテ拍よりも遅れて発せられていることが分かりました。

その遅れとはどれくらいかというと、30ミリ秒、中程度のテンポ(150 beats per minuite [bpm])の曲中の4分音符の長さの約9%ほどだそうです。よく分かりませんね(苦笑)。0.03秒と言った方がまだイメージしやすいでしょうか。
この「オモテ拍の遅れ」は、曲のテンポが遅くなればより長く、早くなればより短くなる傾向があることも分かりました。さらに面白いことに、ジャズのジャンル(ビバップ、スウィング、ハードバップ)が変わってもこの遅れ傾向は変わらず存在していたそうです。

一方、スウィング率の方はどうだったかというと、ミディアムテンポの160 bpm辺りを頂点として1.5という値を示し、そこから速くなっても遅くなっても比率は下がる傾向が見られました。つまりソリストは、テンポが遅くなったからといってオモテ拍を引き延ばして大袈裟な表現に陥ることなく、自身の感じる気持ちのいいスウィング率の範囲内で演奏しているってことですかね。なかなか面白い発見だと思います。
また、この1.5以下というスウィング率は、これまで言われていた値よりも低く、いわゆる3連符ノリ(下図参照)からするとかなりユルいことになります。

3連符ノリ:2つ並んだ8分音符の長さを均等ではなく、オモテ拍を3連符の2個分、ウラ拍を1個分にして演奏するもの。この場合、スウィング率は2.0になる。

よく「ジャズっぽく演奏するには3連ノリで!」みたいなことが言われていますが、実際のプロの演奏はほとんどそのノリでは行われていないということになります。スウィング率=1.5というと4分音符を3:2に分けることになるので、あえていうならオモテ拍を5連符の3つ分、ウラ拍を残りの2つ分の長さで演奏する、ということになります。思ったよりウラ拍の存在感が出てきますね。私自身、「ジャズ=3連ノリ」という説明はちょっと違うよなと感じていたので、こうして科学的に証明されてスッキリしました。

ここまではデータ分析から導き出された法則の話です。研究に深みを与えるにはその法則を用いた実証実験が必要、ということで、次に彼らは実際のピアノソロ(オリジナル)の音のタイミングを、まず人工的にオモテ拍とウラ拍を正確にビートに合わせ(整列化)、そこからさらにオモテ拍とウラ拍の両方を遅らせたもの(両方遅らせバージョン)と、オモテ拍のみ遅らせたもの(オモテ遅らせバージョン)を準備し、それぞれをジャズミュージシャンに聴かせて「スウィングしてるか」「グルーブを感じられるか」について4段階で評価してもらいました。
その結果、ソリストの奏でる音列のうち、ウラ拍に当たるものはリズムセクションが刻むウラ拍と一致させながら、オモテ拍の方をリズムセクションより遅らせたもの、つまり「オモテ遅らせバージョン」がスウィング感が高い!という評価をより多く集めました。これはテンポや雰囲気を変えた別の曲でも同じ結果が得られました。

そんな細かいところをいじるだけで"スウィング"なんていう漠然とした印象が変わるものなの??興味が湧きますね。実際に聴いてみたいですね・ということで以下のリンク先に、この研究で実際に使われた3種類の音源(整列化、両方遅らせ、オモテ遅らせ)と、元になったオリジナル音源を保存しておきました("Jordu"1曲分のみ)。ご興味おありでしたら実際に聞き比べてみてください:

https://drive.google.com/drive/folders/0B6GMY5-SiLD_VndERGRkbW14ckE?resourcekey=0-wjz3MYZeO16Xc-u-1Ueikg&usp=sharing


いかがでしょう。どれが気に入りましたか?スウィングしてるの見つかりました?
違いが分からなくても、いやこっちのがいいんだけど、となっても気にする必要はありません。実際に実験に参加したプロやセミプロレベルのジャズミュージシャンの中にも「整列化バージョンがイケてるぜ」と感じる人がいましたし、確かにスウィングしてることは判るんだけど、どこがどう変わってるからそう聞こえるのかまでは誰も答えられなかったそうです。

つまり鍛えられた演奏家であっても「感じるけれど説明はできない」というほんとうに微細なズレであり、数々の名演においても、曲を通してずっとこの規則に正確に従ってソロが繰り広げられているかというと、そういう訳ではありません。コンピューターの威力を最大限に活用して音楽をデジタル化し、再調整・再構成することで初めて浮き彫りにされた、良き演奏家または演奏に共通する主だった「傾向」のようなもの、といった感じでしょうか。それでも、これまでモヤッとしていた「スウィング」の要素が、「ダウンビート(オモテ拍)における30ミリ秒の遅れ」として定義できる、という発見は大きな進歩と言えるでしょう。

実は私もジャズが好きで演奏もするのですけれど、なかなか「スウィング」できません。オモテ拍を0.03秒遅らせて演奏する技術を身につければなんとかなる(!)のかもしれませんが、プロでも認知できない時間感覚ですから簡単には体得できなさそうです。良い演奏をたくさん聴いて、せめてそれと同じように聞こえるほど身体に滲みこませて演奏できるようになれば、いつか「イケてるプレーヤー」と呼んでもらえるようになるのでしょうか。なりたいな。

参照文献:
Nelias C. et al., Downbeat delays are a key component of swing in jazz. Communications Physics 5: 237, 2022, doi.10.1038/s42005-022-00995-z






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