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まるいせんべい


 醤油せんべいが好きだ。
薄いの厚いの大きいの小さいの、いろんなせんべいがあるけれど、私が好きなのは昔ながらの直径7〜8cm程度、厚みが1cmくらいのまるい醤油せんべい。それは幼少期からの幸せな味の記憶なんだろうと思う。

 記憶にあるいちばん古いのは40年ほど前の草加せんべい。
母方の伯父家族が越谷市に住んでいたので、母の実家に親族が集まる時は、伯父家族が草加せんべいをお土産にもってきてくれていた。当時、自分の顔の半分ほどあると感じられた美味しいせんべいにかじりついて、いとこ達と談笑しながら頭のてっぺんまでガリガリと嚙む音が響くのは本当に幸せな気分だった。

 それから、学生時代は学校のすぐ近くに瓦屋根ガラス戸の「せんべい屋さん」があった。昭和初期かと思うような落ち着いた佇まいのお店で大きなガラスの瓶のような容器から取り出されるせんべいがとても好きで、よくおにぎり代わりに2枚ほどの醤油せんべいや海苔せんべいを買った。小さな紙袋に入れてもらって、片手でカジュアルに学校のベンチで食べられるせんべいはお昼の時間にごはんを食べそこなってしまった午後などに絶好のおやつだった。

 夫と結婚してお寺に住むようになると、お茶菓子として常にせんべいを常備している環境になる。老若男女さまざまな人が出入りするお寺では一口サイズのせんべいを置いていることが多いけれど、たまに「昔ながらのせんべい」をいただく機会がある。
夫は、私が丸いせんべいを食べるのを見かけるたびに「美味しそうにたべるね。」「本当にせんべいが好きなんだね。」と言う。その言葉に当然のように「そう、大好きなの。」「頭のてっぺんまでガリガリ響く音も美味しさのうち」と満面の笑みでこたえて何年か……息子の一人が丸いせんべいを食べる姿を見て「あれ?」と思った。

せんべいを袋の中で割ってから一口サイズの欠片を取り出して食べている!

 衝撃だった。
私にはせんべいを割ってから食べるという習慣がないことに気付いてしまったから。そう、夫が丸い昔ながらのせんべいを食べる時は袋の中で一口サイズに割ってから。よそのお宅でお茶菓子をいただくことが多い僧侶という職業柄なのか、まわりにこぼさないような配慮を幼い頃から教えられてきたらしいのだ。

そういう環境で育ってきた夫が、「せんべい大好き」と言って丸のままガリガリとかじりつくことに幸せを感じているらしい私には何の小言も言わず、息子たちには割ってから食べる事を教えていたのだから、その優しさとこどもへの深い愛情と私への諦め(?)に驚いた。

 幸い私自身は身内以外からまるいせんべいを「どうぞ」と勧められることがない日々を送っているけれど。もし今後そのような機会があったら、夫の食べ方を思い出しながらお上品にせんべいの欠片を口に運ぶのだと思う。
それはきっと、自分の身についた習慣としてではなく、夫がくれた優しさと心遣いのお裾分けの行為として。
そうすべき理由も心遣いも理解はするが、自分がいちばん美味しいと感じる食べ方の習慣はなかなか変えらないもの。

お行儀悪くてごめんあそばせ


…でも、ほんとにありがとね。


もし、サポートなんてスペシャルな事があったらどうしよう! 写経用紙買って写経して、あなたに幸せがあるように書いて、そして手を合わせようかしら☺