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帰省した話~2021年夏の終り

北海道はお盆がすぎればもう秋と言っても過言ではない。
多分

①お盆休み

2021年のお盆休みは8/13~8/17まで5連休であった。
しかし、あろうことか8/11に、ワクチンの2回目があったのだ。
病院の都合上予定をずらすこともままならない。
そもそも、これより後にするとおそらくお盆明けだ、その時打てるのかも怪しい。
私は、帰省を諦めた。

前の記事でも書いたけど、ワクチン2回目の翌日、朝から晩まで高熱により寝ていた。
つまりお盆休みの前日から休んでいたのだ。
幸いにも8/13、お盆休み初日には熱も治まり、意外と元気な状態で過ごせたのだけど。

でも抗体ができるのは、2回目のワクチン接種から2週間経過が必要なので、やっぱり帰省は断念した。

②両親

両親は私と30歳離れている。
父は69歳だし、母は68歳だ。
まだ若く元気でいる年齢だと思う。
実家は自営業で、父は職人だった。
子供の頃、人に父を説明する際は「昔ながらの職人気質で頑固で気性が荒くてめんどくさい」だった。
実際そうだった。
実家の隣に工場があったので、平日の日中でも家の方に父がいる可能性が高く、
友人を家に招いた際は、家に入る前に「両親が居たら必ずお邪魔しますなどの挨拶をするように」と言っていた。
私には兄と姉と弟がいるのだが、他の兄弟が友人を招いた際に、この挨拶がないと父が怒るのだ。
今思えば、他人の家にお邪魔した際におうちの人に挨拶しないなんて非常識だよね、と思うから、世間一般的にこれは常識なことであった。

父に怒られるのは怖かった。
声がでかく、すぐ手が出る。
でも優しく気のいい面もあった。
昭和の頑固親父という言葉が父にはぴったりだった。
しかし家族で外食して帰宅したとき、あれは酒が入っていたのだろうか?
後部座席に乗っていた父は、半ドアか何かでロックがかかり開かなくて苛立ち、
(運転していた母、及び子どもたちは別のドアからとっくに降りていた)
あろうことか、怒りに身を任せ、後部座席のドアガラスを素手でぶん殴り割ったのだ。

この時は、触らぬ神になんとやら、父と顔を合わせないようにさっさと自室で寝たのだが、
こういうところが「面倒くさい父」たる所以で。

兄が高校生の頃、大型二輪の免許を取った。
兄とツーリングしたいと思った父も大型二輪の取り、結局兄と走ったのかはよく覚えていないが、近所のバイク屋さん経由でツーリング仲間も出来て、一緒に走ったり、
家族でキャンプに行く際も父だけバイクだったりと、新しいおもちゃを手に入れたように楽しく乗っていた。
キャンプ場へ向かう際に、休憩ポイントで左折したら、父はバランスを崩してバイクを倒してしまい、軽くパニックになり起こせなくて困っていたら、
見知らぬバイカーさんがさっと横に止まり起こすの手伝ってくれたのを見たことがある。
父はエラく感激していた。(北海道では凄いとかをエラいと表現する)

父の話はネタが尽きない。

直近では、自営業の仕事が少なく、ボケーッとしてることも多いので、バイトにでも行けと母に急かされ、
農家さんへ収穫などのバイトに行った先で2回ほど熱中症で倒れて、ちょっと脳をやられてしまった。
この話は後述する。

母はとても元気で気持ちも若い。
兄が中学生の頃、お小遣い稼ぎに朝と夕方の新聞配達を始めた。
兄は高校生になると、もっと割のいいバイトに移ったが、後継として中学に上がった弟が新聞配達をするようになった。
その弟が地方の寮のある高校に進学することになると、なんと母が新聞配達のバイトを受け継いだ。
それからつい最近まで、22年ほど続けていた。
早朝に新聞配達を、時には父にも手伝わせながらも続けていた母だ。
更にはダンス教室に通ったり、友人と山菜や落葉きのこを取りに行ったり、
なんていうかアクティブの塊みたいな。
あと細かいパズルが好き。

そんな両親である。

③父の異変

熱中症で2回も倒れた父は、そのどちらも入院をしたが、2度めの入院から退院してから、どこか様子が変だった。
どうも舌が回らない。
何を言っているのかよくわからない。
昔でかけた場所のことを覚えていない。
いわゆる痴呆が出てきたのだろうか?
まだ60代なのに??
長年自営業で職人をやってきて、でも仕事が減ってきて暇になってきて、パソコンでアニメばかりぼんやり眺めるようになり、
脳の活動がかなり弱っていたのだろう。
そこに来て熱中症で倒れ、仕事もミスが増えてきたとかで第一線からは退き、殆どを家で過ごすようになっていた。

去年のお盆休み、まだコロナは収まっていなかったが、私は車を運転するようになっていたので、思い切って自分の運転で帰省を試みた。
その頃にはもう上の症状が出ていて、私だと認識はしていたが、言葉が出てこないようで、ただニコニコしていた。
でもまだ、白髪を黒く染めたり、自分の足でしっかり歩いていた。

離れている間に、父はすっかり弱っていた。
それまで年末年始とGWとお盆休みには帰省していたが、コロナのせいで去年は年末年始の後、お盆まで帰れなかった。

今年はあれから1年、帰省できなかった。

④下道を行く

去年もそうだけど、私はまだ高速道路を自分の運転で一人で走ったことがなく、ビビリなので、下道を走って帰省した。
札幌から旭川へ向かうにはいくつかのルートがあるが、カーナビは12号線ルートを進めてくる。

12号線ルートは、江別、岩見沢、美唄、砂川、滝川、深川を経て旭川にたどり着く正攻法ルートだ。
経由する街が多いので、信号が多いのが難点なんだけど。

もう一つは、275号線ルートである。
当別、月形、浦臼を経て滝川で12号線に移行するのだけど、完全に12号線を行くルートより経由する街が少ないので、信号も少なく走りやすいのだ。

更には石狩に回って留萌から旭川へ行く海沿いルートもあるがこちらは海沿いを走りたい人向けの時間がかかるルートである。
時間に余裕があるなら悪くない、母はこのルートが好きだ。

というわけで、私は275号線ルート一択である。
その内、高速道路も攻略したいとは思っている。

12号線ルート→約3時間
275号線ルート→約3時間
石狩海沿いルート→約4時間
高速道路→約2時間

グーグルマップのルート検索ではこのくらいの時間がかかると言うが嘘だと思う。
なぜなら私は朝6時半に出発して11時くらいに着いているので(笑)
帰りも13時前に出て17時くらいに着いてます。

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私の場合は、当別の駅でトイレ休憩をした後、浦臼の道の駅で野菜を買い(道の駅って楽しいよね)
実は浦臼には8時過ぎに着いたのだけど、売店が8時半オープンだったので15分ほど待機休憩をしていた。
コレがなかったら4時間で着いてたのかな。
しかし私の記憶によると、昔、札幌に就職して間もない頃は、夏は父が夜に札幌まできて、
翌朝5時とか6時に起こされて、父の仕事用のハイエースで、多分同じ275号ルートを、運転の練習と称して私が運転したのだが、
その時は3時間くらいで着いたような気もする。
下手するとまだ薄暗い時間だったような気もする、父に言われるがままにアクセルを踏んだが、どんだけ飛ばさせてたんだあの人。

浦臼から先はコレと言ったポイントもないので、旭川まで休憩はなしだが、深川を越えて旭川に入ってすぐくらいのあたりに「神居古潭」という場所がある。
石狩川の通りにあり、旭川市街地に入るのにトンネルを通るのだけど、トンネルに入らずそれた道があり、そちらに行くと神居古潭の公園や、神居大橋などがある。
ここを休憩ポイントとしたのだけど、大変良かった。

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欲を言えば紅葉の時期にまた訪れたい。
行きは天気が微妙で、前日の予報では朝から雨、昼前には豪雨の予報だったけれど、
実際には札幌を出たあたりからポツポツと降り、その後は曇りだったので良かった。

今回使用したタイムズのカーシェアの車が、いつもと違う場所の車だったので、取りに行くのに雨の中を行くのだるいなと思っていたので本当に良かった。

ちなみに普段は徒歩2分のフィット。
今回は徒歩5分のスイフトです。

⑤旭川到着

安全運転を心がけ、なんとか4時間と少しで旭川入りすることが出来た。
この日、母はパートに行っていた。
買ってくるのは14時過ぎだ。
父はデイケアへ16時まで行っているという。
帰宅しても一人か、昼を食べないといけん。
というか5時起きなのでお腹が空いている。

本当は、当初の予定では4時に起きて、5時に車を取りに行き、出発するつもりだったのだけど、
いかんせん眠くて1時間先延ばしにしたのだ(つるぬまで買い物できてよかった)
結局5時おきで6時過ぎ出発したのである。
朝食は前日に買った巻き寿司だった。

帰宅後に出かけるのもだるいので、実家前の道中でみかけた「みよしの」のドライブスルーに寄ることに。

みよしの。
は、北海道のソウルフード、餃子のお店である。
トーチャンたちが旭川の繁華街サンロク(3条6丁目)で呑んで酔っ払って帰る時、手土産はみよしの餃子であった。

我が父も例に漏れず、仕事の飲み会から帰ってきたとある夜中、買ったお土産を早く食べさせたくて、ぐっすり寝ている子どもたちを無理やり起こして餃子を食べさせてきた事がある。

みよしのは、餃子とカレーで攻めてくる店だ。
道産子は、王将よりみよしのの餃子が好きだ(完全に主観です)

実はドライブスルーの経験がこれが初めてで、ドキドキしながら餃子カレー弁当とお土産餃子を買った。
代金を支払い、品物を受け取る時、カウンターとの距離感に戸惑いながら、
対応してくれた店員さんに「ドライブするー初めてなんです」と申告すると、
あらあらまあまあ!と優しくしてくれた(笑)

さて、お昼も買ったし、お土産餃子も買ったしと、まっすぐ実家へと向かった。

⑥THE・ハプニング

実家に到着し、家の前に車を停めて、荷物をおろそうとした。
家人は不在である。
大抵の家には「鍵」というもがあるはずだ。
私の実家のそうだ。

しかしこの家は、普通の鍵ではない。
もう40年以上前に建てられた家だが、数字とアルファベットのボタンが並んでいる鍵である。
つまり、鍵でガチャガチャと開け締めするタイプじゃなくて、暗証番号と言うか、ボタンを押してノブを回すと開くのだ。
施錠は勝手になる。

生まれてから18年暮らした家だし、毎年、年に3回は帰省しているので、解錠に困ったことはなかった。

しかし今回は例外だったようだ。
1年使わないの忘れるのか…
鍵が開けられない。
ここまではあってるはず、と何回もボタンを押すが、ノブを回しても一向に開かないのだ。
マジかクソッ

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スマホをシュッと取り出し、
埼玉の兄
上川の姉
工場の弟
仕事中の母にメールを送った(笑)

兄に限っては何年も帰省してないので全く期待してないけど、あなたの妹困ってますよ!と言うアピールの為送った。
なんだそれ。

少しして、休憩時間になった母から電話が来て番号を教えてもらい、無事に家に入ることが出来た。
ヨカッタネ!
時間にして15分くらい困っていたことになる。
その後、他のきょうだいに解決した連絡を入れた。
兄から、俺もわかんねえ!と返信が来たし、
弟は家まで様子を見に来てくれた。
姉は15時くらいになってやっと返事が来た。スマホ見ない人だな。

その後、鍵の番号はスマホの某所に保存して、今後も安心だね。

荷物を、2階の自室に運び込み、
ようやく一息つきながら餃子カレー弁当を食べ始めた。

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⑦母、帰宅

母が帰宅する14時まで時間があったので、近所のセリアとしまむらとツルハが並んでいるところまで買い物にでかけた。
セリアのシーズンコーナーがハロウィンだらけで楽しすぎる。
ハロウィン大好きな私だ。

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セリアでハロウィンの飾りをいくつかと、フェイスタオルを購入。
しまむらではチェックのシャツとデニムの丈の長い上着とバスタオルを購入。
ツルハでは歯ブラシと歯磨き粉とプラのコップを購入。
実家で使う用にだ。
両親ともにコロナワクチンの2回目接種はとっくに終えているが、念には念を。

もちろん食事の時以外はマスク着用です。

帰宅後、ちょうど母も帰宅したので、1年ぶりの再開となった。
母は新聞配達を、父がアレなので流石に自分の体力が持たずに今年やめたのだけど、
こんなご時世なのでダンスにも行けず、気づいたら体重が50キロ台になっていたと笑う。
背が小さくて小柄で、でも背筋がピンとしていた母だが、でも顔が少しふっくらしたかな、というくらい。
新聞配達していた頃は夜も21時にはとっくに寝ていたが、辞めてからは見たいドラマや映画を見られるようになったそうな。
この日もマスカレードナイトを見ていた。

16時頃、父がデイケアから帰宅した。
ちょっと、驚いた。
髪は真っ白、ああ、染めるのをやめたんだな。
手足は痩せて棒のようだ。
背中は丸い。
私を見て、だれだっけ?と言う顔をした。
「ただいま!わたしだよ!」
声をかけるが、分かってるのか分かってないのか。

父はヘビースモーカーだったが、喘息を悪化させて禁煙し、すっかり嫌煙家となっていたが、やはり喉が弱っているのだ。
この1年は、誤嚥性肺炎で何度も入院している。
咀嚼して飲み込む力が衰えているので、食事もとろとろの介護食だ。
母が毎日作っている(作って冷凍してためてる)
痰を吐き出すのが困難で、頻繁に、あー!あー!と出そうと頑張っていた。
テレビから少し離れたところに父の席があり、椅子と小さいテーブルだが、母が支えて立ったり座ったりさせている。
寝床は1階の居間の窓辺に移動し、席のすぐ隣だ。
寝てるか座ってるかのどちらかで、傍らに吸入器を置いて、風邪で喉をやられた時に病院でやる吸入器と同じなのかなと思った。

こんな、ほんの数年で一気に老いるんだなぁと、しみじみと思った。

20時、私は近所のおもちゃ屋の駐車場へ向かった。

⑧友との再開

毎年、年末には学生の頃の友人たちと集まり、しゃぶしゃぶを食べてカラオケに行っていた。
コロナのせいで去年も一昨年も行けていない。

看護師の友人がいる。
去年は、彼女も含め何人かの友人の元へ、顔を見るだけにとどめてだが、会いに行った。
今年は両親のこともあるので、私同様。、2回目のワクチン接種を終えている彼女とだけ、夜のおもちゃ屋の駐車場で人知れず会うことにした。

1時間近く外で話をした。

そこは周りになにもないところなので、話していても誰の迷惑にもならないのが良い。
ちょっと暗いけど。
去年はたしか同じ場所で店が開く前の早朝に会って話をしたんだった。

短い時間でも会えてよかった。
早くみんなで集まってまたしゃぶしゃぶ食べてカラオケに行きたいね。

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⑨お墓参り

帰省の目的に、お墓参りがあった。
お墓参り大好きなのである。

母方のお墓がもともと旭川市内にあり、道東出身の父は、道東の納骨堂に預けている形だったが、
数年前に母方のお墓のある霊園に墓を立てた。
そこには、父の父が入っている。

帰省2日め、足腰の弱った父と、母と3人で、旭川市内の観音霊苑へと向かった。
お供えのお菓子は北海道銘菓の柳月で、秋のお彼岸のお供え菓子があったので2セット買ってきていた。

観音霊園は、なんていうか、山の上にある。
ぐねぐねと曲がりくねった道を登ると観音台という公園のようなものがあり、そこを超えるとある。
山を切り開いた、広い霊園だ。
見渡す限り、墓石。
木々に囲まれ、空が広がっている。

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夜でも怖くない墓場である。
なんなら晴れてれば星が綺麗だろうなとずっと思っている。

朝でも昼でも夕方でも、何なら暗くなってからでも来ていたお墓参りだ。
途中で買ったお花も2セット。
いつもは果物とかお稲荷さんとかも持ってきて、ここでお昼を済ませたりもした。
今日は10時くらいに着いたので、お参りだけ。
まずは、母方のお墓に先に参る。
お墓に水をかけて、お花をいけて、
ろうそくを灯し、その火で線香に火を付ける。
ちょっとおもしろい線香を見つけたので買ってきた。
不二家のペコちゃんの、ミルキーの香りのやつと、ドロップ飴の4つのフルーツの香りの線香だ。

母方のお墓のお参りを済ませて、次は父方の方へ。
少し離れている。
父は足腰もよわよわなので、母が支えながら行く。
私は水の入ったバケツと柄杓を持って、さっさか先へ行く。
母が車に花を忘れていたので取りに行き、戻るとなんだか変な体制になっている二人。
どうやら父が、自分のお墓だ!と気づいて気が急いて、よろよろっと、上がらない足を上げてお墓の前に行こうとして、そのままゆっくりよたけて転んだらしい。
膝をついてからコケたので額に擦り傷をこさえた程度らしいけど、びっくりするね。
母一人で起こすのが大変で、私を待っていたらしい。
こりゃ二人だけで行くの大変そうだな。

お墓には石の腰掛けもあり、父にはそこにかけていてもらい、先程と同じように水をかけ、花をいけ、線香に火をつけてお菓子を供えた。

前日と打って変わって良いお天気だったので、私はちょっといいカメラと、三脚を用意して、記念撮影をした。
父と
父と母と
父と母と私で

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偶然だけど笑ってるようないい顔が撮れたので良かった。
母は、遺影に良いね!と笑っていた。
母はお墓ににいる父の父に、
「いよいよダメになる前に、早めに迎えに来てね」
と言っていたのが印象深い。
ちなみに母方のお墓では、祖母の旦那に(じいちゃん)、祖母を早く迎えに来いと言っていた(いつも言ってる)

母方も父方も、じいちゃんには会ったことがない。
生まれるずっと前に亡くなっているのだ。
どちらもとりあえず、頃よきタイミングでお願いしやす。

⑩二日目

お墓参りから帰宅し、昼ごはんを食べた。
母がナスの煮浸しをたくさん作っていた。
食べたいと言ったので、好きなのだ。
美味しかった。

その後、父も母も私も、朝から疲れたのか、少し横になって仮眠をとった。

1時間弱だ。

特に予定もないので、私は2階の日当たりのいい部屋に、持参したキャンプチェアを広げた。
あとローテーブルと、それから裁断して刻印まで済ませていたヌメ革と、革包丁と、キーホルダーの二重リングと…

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そう、出張実家特設工房だ(笑)
ツキネコカフェのイベントが近いので、納品する革小物の制作を実家でやろうと準備してきたのだ。
せっかくなのでインスタライブをしながら制作した。

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最終的に、ナントカ用意した4つのキーホルダーを縫い上げるとこまで出来たので良かった。
あとは裁断面をヤスリにかけて磨いたりする作業が残っている。

イベントまでに時間はたくさんあったのに、いつもダラダラと過ごしてしまい作り置きが出来ないのである。
困ったものだ。
日もくれて母から、お寿司を取ったから食べようと呼ばれ、居間で三人で食事にした。
茶碗蒸しもあって美味しかった。
お寿司屋さんの茶碗蒸しって美味しいよね。

22時には寝た。

⑪三日目

帰省は二泊三日である。
この日、昼ころには出発しようと思っていた。
1日目から、母の使っているガラホにLINEが入っているので、それを使えるようにしなくてはいけなかった。
ずっとその作業をしていた。
めんどくさすぎて吐くかと思った。

LINEが出来るガラホはあまり無いらしく、母には早めにスマホに変えてほしいと思ったが、すぐ面倒くさいから良い、と言うのだ。
お願いめんどくさがらないで。

弟がパソコンから母のアカウント作成までしていたので、それをガラホでログインするだけで良かった。

しかし年齢設定でauID連動とか、とりあえずまず最初に簡単ケータイだから字の大きさをLINEだけ「小」に設定するとか、とにかく無駄な作業が多すぎる。
びっくりする。
もっと簡単にLINEさせておくれよ!!!

その後、母のアカウントで私他子どもたちのアカウントを友達登録する必要があり、
ID検索とかQRコードとかめんどかったので、
まず私がQRコードで母と友達登録を済ませた後、家族のライングループを作り、兄と姉を追加して、各々で母のアカウントと友達登録をしてくれと頼んだ。

姉だけ本当にレスポンスが遅くて、結局私が札幌へ戻ってからになってしまった。
追加ボタン押して無いけど大丈夫かな。

なぜ弟がやらないのかというと、弟もガラケーなのだ。
変えてくれ頼む!

とりあえず私が戻った後、弟の方でノートパソコンを用意してくれて、居間でLINEを見たり、LINEの通話でテレビ通話を出来るようにしてくれた。
サンキュー弟よ。
身内に無愛想すぎるんだけどね。
猫を3匹飼っていて最近新築を建てた弟です。
2階の一部屋、猫部屋なんだって。
最高か。

お昼に、1日目に私がつるぬまの道の駅で買ってきた野菜で作ったカレーを出してもらった。
パプリカ、かぼちゃ、ズッキーニ。
美味しかった。

そうこうしているうちに12時が過ぎてしまったので、両親に別れを言い、車に乗り込む私であった。

⑫帰路4時間

3日めの体操晴れていいお天気だったので、
神居古潭に再び寄った。
いい天気過ぎる、暑い、めっちゃ眺めが良すぎる。

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そこから来たときと同じルートで、12号線をひた走る。
滝川で275号線に移行し、つるぬままで頑張る。

あまりにも天気が良すぎる。道中ほぼほぼ太陽が正面に居て眩しすぎた。
度入りのサングラスを作ろうか、ガラの悪そうなやつ。

行きは朝早かったので空いていたのだろう、帰りは3連休最終日の昼過ぎということも合って、そこそこ車が走っていた。
でも流れはまあまあだ。
ナビでは5時間かかるぞと言われたが…

つるぬまに寄り自分用の野菜と、知人へお土産にあげいもを購入。
あげいもも北海道のソウルフードだよね。
私も好きだけど我慢した。
糖質おばけだもんな…

16時過ぎには札幌入りし、途中10分くらい渋滞で止まってしまったけど、17時には自宅に到着した。

4時間か、そうか、4時間か。
3泊できれば、4日めの朝早くに移動するんだけどね~
会社があまり、病院以外で平日に休みを取ることにいい顔をしないので。
ヽ(`Д´)ノプンプン休ませろー

⑬総評

なんだかんだで、コロナで緊急事態宣言が伸びてる期間中だったけど、極力用件以外の外出も控えて、
目的の

・両親に会う
・お墓参りに行く
・親のLINEを設定する

という案件を処理できたのは良かった。
実はもう1件、ぴあの、母の会員登録を済ましたかったのだがすっかり忘れていた。
本人確認がさ…

弟とも久しぶりに会話らしい会話をした。
定山渓のカフェの経営者が弟の友人だったとか、色々話したいことはあったけど、Mr.無愛想なので、まあ普段よりは話したな、と。

弟の新築のおうちも見せてもらったんだけど、最近のおうちは、車の鍵みたいにピピッとするタイプなんだね!
びっくりした!!!


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