サジニセニハラ

「なあなあ」
「ん?」
「ツブツブが入ってる歯磨き粉ってあるじゃん、あれ使ってると歯茎の内側ツブツブだらけになるらしい」
「怖いなあ」
「あとコンタクトレンズってあるじゃん、あれって目の裏側に入っちゃうことがあるらしい」
「怖いなあ」
「あと鼻毛あるじゃん、あれ抜いたとこから細菌が入って、脳に回って最悪死ぬらしい」
「怖いなあ」
「あとさ」
「怖いなあ」
「まだ何も言ってないだろ」
「その地味に嫌な話を連発すんのやめろってことだよ」
「最後の一発だから言わせろよ」
「しょうがないな、で、何?」
「…明日で地球滅ぶんだよな」
「……怖いなあ……」

誰もいなくなった病院の屋上で二人タバコを吸いながら、僕らは空を見上げる。
腕時計は昼下がりを指しているのに、空には濃い闇が広がっている。
ある著名な物理学者いわく、今までこの地球という惑星は自転と共に少しずつ下降していたらしい。そして明日、とうとう地球は何かに着地すると言うのだ。着地の衝撃で地球は木っ端微塵になり、人類滅亡は免れないらしい。
ここ一週間で地球に残ったのは、怯える人々と静けさだけ。もはやインターネットもテレビも、何の情報も映さないただのガラクタになった。
世界の終わりはこんなに味気ないものだったのか、迎えてみればこんなもんだ。美少女アイドルを生で見た時と同じ感覚『思ったほどじゃない』ってことだ。
「なぁサジ」
となりでタバコをくゆらせている男が僕を呼ぶ。
「俺たちの望みがついに叶ったわけだけど、今どんな気分だ?」
「セニハラはどうなんだよ」
僕は訊き返した。多分この男は、僕と同じことを考えていると思ったから。
「こんなもんか、って感じだな。思ったほどじゃない。むしろいつもより良い気分かもしれない。うるせぇ看護婦とか、ジジイババアもいねえからな」
「僕も同じ気持ちだよ」
そう返すと、セニハラはふっと笑って新しいタバコに火をつけた。

僕ら二人は末期ガンの患者だった。
ガンがめちゃくちゃに転移して、どの医者もサジを投げた僕はいつからか「サジ」と呼ばれるようになった。
腎臓ガンにかかった富豪が莫大な金を積み、健康な腎臓と自分の腎臓を取り替える手術を強行した。まさに「背に腹はかえられぬ」出来事。ガンに冒された腎臓を一身に受け入れた青年は「セニハラ」と呼ばれるようになった。
ツイてない僕らは来る日も来る日も「とっとと世界滅びねえかな」と悪態をつき合った。そしてその日が来たのだ。
「サジ、タバコくれ」
「さっきなくなった。セニハラは吸いすぎなんだよ」
「別にいいだろ、ガンなんだし」
「明日地球滅ぶしね」
「…そんなに怖くないよな」
「怖くないなあ…」

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