火のあるところ

その日はとても舞い上がっていた。
陽は暖かく、寝覚めも最高、おまけに仕事も休みときている。朝食を作って食べよう。久しぶりに自分で作る料理に、私は熱中してしまった。ようやく出来上がった、朝にしては豪華な食事。焼き魚、生姜焼き、小鉢には鶏肉と焼き豆腐の煮付け、そして焼きおにぎり。
料理を盛り付けた皿をテーブルに並べ、音楽をかける。下がり方を忘れたテンションに身を任せ、音楽に合わせておもむろに指を鳴らしたところ、指から火が出た。ヒッ、と驚きのあまり声も出た。慌てて手をブンブン振って、マッチの要領で火を消す。指を見てみたが、焦げてもいないし、熱さもない。
音楽を一時停止し、おそるおそるもう一度指を鳴らすと、パチン、ボッという感じで再点火した。
その火は高く舞い上がっていた。

翌日の昼休憩に、私は同じ部署の同期である森島を呼び出した。森島は一昨年関西からここへ転勤してきた男だ。標準語も話せるが、本人曰く「標準語は対人距離を縮めるのに非効率的」とのこと。プライベートでは関西弁を用いている。
男二人、コンビニで買ったサンドイッチをベンチに座って食べる、先に口火を切ったのは森島だった。
「どないしたん? 緑川に呼び出されるなんて珍しいこともあるもんや」
「うん、まぁ…」
「なんやねん火が消えたような顔して。恋の相談か? 言うてみ?」
「実はな…」
私はそう言って周囲に誰もいないことを確認し、森島に「パチン、ボッ」をやってみせた。
「なんやねん、手品見せるためだけに呼び出したんかい。忘年会で発表するんか? 気が早いやっちゃの」
「そんなわけあるか。これは手品じゃない。本物の能力だ、昨日気付いた」
「ほんまもんかいな! いつも冷静沈着で非の打ち所がない緑川が指を鳴らすほど浮かれてたんやな…昨日の有給」
「う、うるさいな。注目するところはそこじゃないだろ」
「顔からも火出てるで」
「やかましい、燃やすぞ」
「堪忍してや。せやけどその能力、ビッグビジネスの予感がしまんなあ。緑川、ここがお前の人生のターニングポイントかもしれへんで」
「バーニングポイント?」
「言うてへんやん、おもんないで。お前のその能力、確か『パイロキネシス』言うねんけど、超能力者としてテレビに引っ張りだこ! 最近のしょーもないバラエティが盛り上がるのは火を見るよりも明らかや、どや?」
「そんな非現実的な…」
「じゃあこんなのはどや、放火魔の暗殺者。火のないところに煙は立たないとかなんとか言うやんか。お前がこの能力を秘密にしてる限り、その『火』を『ないもの』として扱えるんやで。お前自身がサツにパクられへんかったら完全犯罪や」
「そんな非人道的なことは出来ない。それにさっきよりも非現実的だ」
「世話の焼けるやっちゃな。まぁでも、無闇にこのこと話すのはやめときや。わざわざ火に油を注ぐ必要はないっちゅうわけや。悪い輩がお前の能力嗅ぎつけて利用されでもしたらそれこそ…」
「飛んで火に入る夏の虫」
「そういうことや。使い道はぎょうさんあるわけやし、それが決まるまではいつでもお前の相談相手になったるわ」
「誰が?」
「わいや」
「ファイヤー?」
「だから言うてへんやん。でも今のはちょっとおもろかったわ」
「ヒヒヒ」
結局、それから私がその能力を使うことはなかった。超能力タレントとしてデビューはしなかったし、当然暗殺者にもならなかった。森島はビッグビジネスがどうとかぶつくさ文句を言っていたが、まぁ、これが私の人生だ。
そして数年後、私は行きつけのバーでひとりの女性と知り合い、燃え上がるような恋愛の末、今日、二人が出会ったバーでプロポーズをした。彼女は火のついたように泣き出し、婚約を受け入れてくれた。私はカッコつけて指を鳴らし、マスターに高級なワインを注文しようとした。
パチン、ボッ。忘れてた。
私の指から放たれた炎は度数の高いアルコールに燃え移り、バーを全焼させてしまった。怪我人や死者が出なかったことが不幸中の幸いだったが、彼女との婚約はもちろん破棄。
取り調べを受けながら、私は警察にこう言うのだった。
「私に『非』があります」

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