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 YouTubeに、こんなタイトルの動画がある。

「ガチでヤバい! 世界一怖い心霊映像 / The world's most very scary video」

 ご丁寧に英題まで記されたその動画は、その丁寧さのおかげか、はたまたタイトル負けしていない内容のおかげか、現在まで約640万回再生されている超人気動画だ。オカルトやホラーといったジャンルの中ではまず間違いなくトップクラスの再生数だろう。

 一般家庭用のハンディカムで撮られたらしいその動画自体は1分52秒とやや短い。撮影者が廃墟となったホテルを散策中、そこに居るはずのない者が映り込む、という内容だ。問題のシーンは1分30秒から1分44秒の部分。
 動画の要所要所で聴こえる息遣いから男性とわかる撮影者が、長い廊下にカメラを向けた時「それ」が姿を現わすのだ。
 廊下の奥の闇からゆっくりと現れる輪郭のぼやけた白い姿は、まさしく幽霊と呼ぶに相応しい。徐々にカメラに接近してくる幽霊の姿形がだんだんとはっきりしてくる。その何かを訴えかけるような苦痛に歪んだ表情が画面いっぱいに広がった直後「タスケテ……」というしゃがれた声が聴こえ、映像は暗転する。

「今まで色んな映像見てきたけどこれは間違いなく本物」
「幽霊の表情をここまでアップで見られるのはこの動画だけ」
「撮影されている廃墟の場所が特定されてないのも不気味」
「そもそも撮影者は誰なんだ」
「この動画を見てから部屋でラップ音が聴こえるようになった」
「怖かった人グッドして!」

 そんな口コミが瞬く間に広がり、まとめブログやSNSで急速に拡散されたその動画は、今やネットを少しかじった程度の人間なら誰しもが知っている程のコンテンツとなっている。
 そういった第三者の考察によって作られた人気に加えてもう一つ、この動画の知名度を上げる要因となった噂がある。それは「動画の内容が時折変わる」というものだ。
 その噂がSNSで発信された当初、信じる者はごく僅かだった。しかしそれから数ヶ月後、その映像が変化した瞬間をキャプチャーした動画が拡散されたのだ。
 おかげで本家動画の再生数は爆発的に増え、その動画を毎日再生してそれをキャプチャーしアップロードし直すという専用チャンネルまで出来る始末だ。努力の方向性を見誤っていると思う。

 さて、動画とその周囲を取り巻く噂の紹介はこれくらいにして、私の紹介に入ろうと思う。何を隠そう、私はその動画に登場する幽霊だ。いや、厳密に言えば、その動画自体に映り込んだ幽霊ではない。更に言うと私は生前潔癖症だったため廃墟を訪れたことなんて一度もないし、当然廃墟で死んだわけでもない。
 私は元々ただのしがないシステムエンジニアで、度重なる残業によって小さい会社のオフィスでパソコン画面に突っ伏して過労死した男の地縛霊なのだ。そして恐らく死の瞬間に私の魂はパソコンの中へ吸い込まれ、電子の海を漂っているうちに、例の動画に流れ着いたのだと思う。

 私の居る場所は、パソコンが無数の信号を送り映し出す映像と、それが映し出される液晶画面の丁度狭間の世界。背後では例の廃墟を散策している動画がループ再生でひっきりなしに流れており、足元には6422186という数字が約2分毎、つまり動画が終わる度に1増えていく。左右と前方には永遠とも思える闇、しかし背後の動画がある一定の場面……1分30秒から1分44秒を映す時だけ、前方に広がる闇に光が差し込んでくる。
 その光はつまり、この動画を再生している誰かのパソコンの画面であることを意味している。真っ暗な部屋につけられた正方形の窓のようなその光に向かって、私は近づいていく――「タスケテ……」と、悲痛な表情を浮かべて。そこで動画は終了。関連動画を続けて再生します。

 そうやって私は何千、何万回と、世界中でこの動画を観ている視聴者に助けを求めてきた。しかし誰一人として私が「この映像に映っているわけではない」と気づくものは居ない。
 私はこの動画が当初、ただの廃墟を散策するだけの動画だったことを知っている。動画タイトルが「廃墟へ行ってきました!」だったことも、再生数がたったの14回だったことも知っている。
 この動画をアップロードした奴、つまり撮影者は、ある日自分の動画を見直している最中に私が「居る」ことに気づき、慌てて動画のタイトルを変更したのだ。恐らく今そいつは私のおかげで得た広告収入でそこそこ贅沢な暮らしをしていることだろう。腹が立つ。

 幽霊は疲労を覚えない。当然眠気もやってこない。しかし「諦め」という感情はまだ残っている。
 幾度となく視聴者に向けて助けを求めたが、光の向こうから聴こえてくるのは「何度見ても怖いわこの動画……」「oh my god……」「what the fuck!?」などという独り言や「めっちゃ怖くね? 怖かった? よしよし……チュッチュッ」というクソみたいな声ばかりだ。
 こんな調子ではやってられなくもなる。足元に見えるカウンターは現在6431221。私が助けを求めることができるボーナスタイムは1分30秒から1分44秒の14秒間。つまり6431221×14=90037094秒無駄にしていることになる。そのうち「タスケテ……」と言わなかったパターンが127回。画面に向かって近寄っていかなかったパターンが82回。 やってられなさがピークに達してた時期にずっと寝転んでたパターンが135回。
 これが動画の内容が変わっているという噂の真相だ。本当にくだらない。

 例えば終身刑を言い渡され、狭い独房で一生過ごすことになったとしたらどうだろう、一週間も泣けば諦めがつくはずだ。しかし独房に入れられる直前、看守がひとこと「もしかしたら出られるかもよ」と言ったらどうだ。明日こそはと少なからず希望を持つだろう。私にとってその希望が、動画の視聴者だった。未だバズり倒しているこの動画の中で、私はこの身を解放すべく、視聴者たちに訴えかけた。

 どこの誰かも知らない奴の動画に入り込んで、どこの誰かも知らない世界中の人間に助けを求めて、もうどれほど経っただろうか。そもそも私の死後何日経っただろうか。
 足元のカウンターはとうとう800万の大台に乗ろうとしている。パソコンやタブレットの無い発展途上国以外の人類はもう全員私を見たんじゃないのか、だとしたらもはや詰みではないか。そんな考えも頭をよぎった。
 目の前で苦しんでる幽霊がいるというのに、人間はその霊一体助けられないのか。私はこのまま一生、この動画の中で、人間の娯楽として見世物にされ、いずれ忘れられていくのか。幽霊は涙を流さない。水分が無いからだ。
 もはや私を突き動かしているのは、私に気付かない人間に対する怒りのみだった。呪ってやる、ここから出られたら馬鹿な人間共を絶対に呪い殺してやるからな!
 そんな想いとは裏腹に、今日も前方から漏れ出す光へ、虫のように近づいていく。私の出番が終わり、光が閉じる瞬間、私を見ていた人間のリアクションが聴こえる。どうやら日本の学生が数人で観ていたようだ。

「めっちゃ怖かった〜!」
「オレ今夜寝られないかも!」

 もう十万回くらい聴いたありきたりな感想を、興奮気味の男子が口々に言い合っている。
 それに対して、落ち着いた女子の声が聴こえた。

「ねえ、この動画初めて見たんだけど、おかしくない?」
「なんだよルカ、怖いこと言うなよ」

 ルカと呼ばれた少女は続ける。

「だって、幽霊があんなに近づいて来てたのに、撮影してる人は全然怖がってなかったじゃん、おかしいよ」
「どうせ編集したんだろ! いいからコンビニでアイスでも買いに行こうぜ」

 ドタドタと数人の足音が聴こえて、光が完全に閉じる。一瞬の静寂。そしてまた光が射し込む。
 私は強く祈った、さっきと同じ、ルカという少女に繋がってくれと。私は光に近づいていく。

「タスケテ……」

 私の居る世界が暗転するより先に、さきほど聴いた少女の声が響いた。


「ねえ幽霊さん。あなたもしかして、本当はこの動画に居ない人?」

 部屋に一人残ったあたしが、画面に向かってそう呟いた瞬間、部屋の電気がひとりでに消えた。
 目の前のパソコンが、ガタガタと音を立てて揺れ始める。部屋に光が戻った瞬間、目の前に、さっき見た動画に映っていた、輪郭のぼやけた白い人型が立っていた。
 その幽霊の表情は、動画で見ていた悲痛に満ちたものとは違う、感激に満ちた泣き顔だった。彼はあたしに、鼻声で言った。

「おわかりいただけただろうか」

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