Run


 ハァッ……ハァッ……ハァッ……。

 限界が近づいてきていた。
 自分の息遣いだけがやけにうるさく聴こえている。むしろ、それ以外の音を聴き取るのを、俺の身体が拒んでいるようにも思えた。
 汗が額を流れ、眉毛を通り越して目に入ってくる。
 口から吐いたのか、鼻から吸ったのか、どちらともわからない呼吸という行為が、今にも破裂しそうな肺から半ば悲鳴のような形で繰り返されている。
 背後には、数分前まで仲間だったものたちが転がっている。あいつらと同じようになれたらどれだけ楽だろうか。早くこの苦しみから解放されたい。
 しかし頭ではそう考えていても、既に長時間走り続けている身体がそれを許さない。
 右足を前に出し、左足を前に出して、走り続ける。その繰り返しが、脳から伝達された「止まれ」という訴えをシャットアウトし、再び右足を上げる。
 一歩踏み出すごとに汗でぼやけた視界が揺れ、左右にある物が後方に吹き飛んでいく。
 ただ一人の人間を除いて。
 俺は自分の右側を並走しているカルロという名の男を一瞥し、一体いつまでこんな事が続くのだろうと考えながらも、全力で走り続けた。

 カルロとは一年前に出会った。
 父親がオーストラリア人で運動神経が良く、身体も大きい彼がここに志願したのは、ある意味必然と言えた。カルロは俺たちよりも一つ年下だったが、立て続けに戦果を上げ、頭角を現した。それも必然だった。
 そう、全ては必然なのだ。今こうして、俺とカルロだけが生き残っていることも全て。
「コバヤシさん、僕らみんな一緒、クリアーする」
 俺はこのゲームが始まる前にカルロが言っていた言葉を思い出していた。
 こうなることを俺は薄々察していたが、カルロはまさか二人きりになっちまうなんて思っていなかったのだろう。その顔には、長時間走り続けた疲労とはまた別の、散っていった仲間たちを想うような苦悶の表情が浮かんでいた。

 それから更に数分間、俺たち二人は走り続けた。
 自分の呼吸以外の「声」が聴こえたのは、その時だった。
「コバヤシさん……僕、もう、無理……」
 息も絶え絶えに発せられた弱々しい声はカルロのものだった。俺は自分の呼吸が乱れるのもお構いなしに叫んだ。
「バカ野郎、俺たち二人でクリアーするんだよ」
「ごめんなさい……コバヤシさん……僕もそうしたかったけど……」
「諦めるな、頑張れ、もう少しだぞ」
「……先に、みんなの所、行って待ってる。コバヤシさん、バイバイ」
 その言葉を最期にカルロが倒れ、俺の視界から消えた。
 たった一人残された俺は、叫びながら走った。

 途端に、耳を刺すような高音が辺りに響いた。
 傍で退屈そうにしていた中年の男がホイッスルを口から外して言う。
「小林、150回」
 カルロを含む、散っていった仲間たちが集まってきた。
「流石キャプテン、俺ら全員このあと顧問の説教ですわ」

 俺はxx高校サッカー部キャプテンの小林。
 本日の体育の授業、20mシャトルランで唯一人150回を達成し、部活内でのペナルティを免れた男だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?