【書評】米中安全保障関係ー3冊一気読み(米中海戦、もし戦わば、世界覇権100年戦略)

米国人著者による、米中間の安全保障モノ3冊を一気読みしてみました。いずれも数年前に買って読んではいたのですが、当時は「安全保障って何?」という超初心者レベルで、ほとんど意味もわからず読んでいたのか、単に記憶力が悪いだけなのか、新鮮な気持ちで、ほぼ初見の感覚で読み返しました。

読んだ3冊のタイトルと、個人的な難易度と特徴は次の通りです。

・米中海戦はもう始まっている 21世紀の太平洋戦争(2018/1/29)
難易度★  :読み物として面白い。東シナ海・南シナ海での米中衝突。
・米中もし戦わば 戦争の地政学(2019/4/10) 
難易度★★ :地政学的観点から45のQ &A。安全保障を広く網羅。
・China 2049 秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」(2015/9/3)
 難易度★★★:中国の古典を引用。最も中国に近い観点から米中関係を描く。

【1】米中海戦はもう始まっている 21世紀の太平洋戦争(2018/1/29) 

軍事ジャーナリストの著者による、東シナ海・南シナ海における実際の米中海軍の動向に肉薄した一冊。3冊の中では、読み物として最も面白く、一気に読み進めることができました。

この著作では、中国と親交できると考えている米国政府高官・軍関係者対する皮肉や警告が効いていて、(1)中国政府がよく使うセリフ及びそれへの皮肉、が出てきます。中国政治ウォッチャーとしては気になるポイント。

(1)中国政府がよく使うセリフ及びそれへの皮肉の例
・明の時代、鄭和(イスラム教徒、宦官)がスリランカで数千人を虐殺したこと
・中国の海軍大将による「あれは俺のアイディアではない」
・中国の態度はやはり「俺たちはいいが、お前らはダメ」

また、(2)国際政治の歴史や理論の勉強にもなります。

(2)国際政治の歴史・理論の例
・(駐米中国大使が「紙切れには従わない」と言ったことに対して、)ドイツが中立国ベルギーに侵攻して第一次世界大戦が始まった際、ベルギーを侵略から保護していた条約のことを「単なる紙切れ」と表現した、ドイツ外相の悪名高い声明に不気味なほど似ている。
・政治指導者たちは、これまで何度もいわゆる「マッドマン・セオリー」を国際関係に応用してきた。マッドマン・セオリーとは、相手にこっちのことを、核戦争でもやりかねない人間だと思い込ませることができれば、相手は恐れて譲歩してくる、という理論だ。

【2】米中もし戦わば 戦争の地政学(2019/4/10) 

トランプ政権の大統領補佐官による、米中間に存在するあらゆる地政学的要素を考慮し、「米中戦争はあるか」「あるとすればどのように防ぐことができるのか」(本書解説より引用)について、45のQ&Aを読み進めながら、総合的に検討を行う大作

この一冊を読むには、俯瞰的な視点を持ちつつ、一つ一つ歯ごたえのあるQ&Aを論理的に理解する必要があるため、確かに読み進めるはしんどいですが、読み終わった後に脳みそが一気にアップグレードされた気がします。

また、この著作では、米国が中国に関与政策を行う際の理由としてよく挙げられる「中国に経済的な関与を進めれば民主化・平和が進む」という主張に対する理由が説明されていました。(今から見れば正しくない推論に思えますが、当時の関係者にとっては正しい論理だったのだろうと思います。)

まず一つ目は、「成長する中間層」の持つ変革力である。(中略)
 市場経済の発展は、教育の普及、社会の外界への開放、独立した中間層の発達など、社会に変化をもたらし、それが独裁的支配への逆風となる
(二つ目の論拠として、)「第三者組織」を挙げる。(中略)
 経済発展は国家と社会との関係をも変える傾向がある。経済が発展するにつれて、国家をチェックし、政治参加の幅を広げる第三者組織の数と種類が増え、就業や富の蓄積の機会に対する国家管理や腐敗や情実は減少する傾向がある
三つ目の論拠は、「情報は力なり」である。(中略)
経済が外の世界へ開かれれば、情報の流入量は飛躍的に増大する。インターネット、テレビ、書籍、新聞、コピー機、外国の雑誌、ありとあらゆる形態の大衆的娯楽及び知的見解が流入し始め、民主主義、人権、法による支配と言った思想を広めていく。

【3】China 2049 秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」(2015/9/3)

ニクソン政権以来、30年に渡って米国政権で対中政策を担ってきた著者による大作。上述の【1】【2】は共に現在を扱うのに対して、本書【3】は1950年代から現在まで、米国政権が中国をどのように認識し、対中政策がどのように行われてきたのかが描かれており、対象となる時間的空間は広いです。

 また、本書の大半は、米国の対中認識と、中国の対米(対世界)認識のズレを両面からの説明を試みている点が、この本の特色だと思います

無論、米国人である著者からすれば、中国からの視点を正確に捉えるには限界があるとは思われるものの、著者は多くの中国人政府関係者とやりとりを積み重ねてきており、読んでいて「そうなんだろうなぁ」と頷くことのできる説得力があります。

 さらに、この本の面白いところは、孫子の兵法」や「三十六計など、中国の古典から、中国の戦略観を導き出している点にあります。論理の無理もなく、確かにそうかもなぁ、と思える内容になっていますので、中国の古典が好きな方は、ぜひ古典の実践版として本書ををお勧めします


【4】最後に

 少し大変でしたがようやく三冊読み終えることができました。安全保障、地政学を考える際に検討すべき要素は何か、頭の中が整理できた気がします。

 また、今から振り返れば奇妙ですが、中国と友好的な関係を作ろうとした米国(の中のそれなりの派閥)は存在したわけで、また、米国と友好的な関係を作ろうとした中国(の中の派閥?)も存在したわけで、世界の構造、各国の国内事情が変われば、各国の対外的な態度も変わることを改めて認識できました。

 一方、おそらく米国よりも中国の方が長期的な戦略に基づいて日々の政策を進めており、この点は、近視眼的になりがちな米国(そして日本)は反省すべきところかと思いました。

 最後に、3冊を通じて、米国からすれば日本は対中戦線の防波堤の一つであり(一つでしかなく)、また中国からすれば対米戦線の一つです。

 日本が自ら現状変更を試みることはリスクを伴う可能性がありますが、米中どちらにとってもレバレッジの掛けられる何かを主体的に育てていかないと、どこかのタイミングで「あってもなくてもいい国」になってしまうのだろうなというぼんやりとした懸念が残りました。

 最後に、三冊のなかで最も心に残ったセリフを以下に引用して本日の文章を締めたいと思います。過去を学び、未来の選択肢を適切に想像することの重要さです。

スペインの哲学者ジョージ・サンタヤーナの格言
「過去を記憶できない者は、過去を繰り返すよう運命づけられている」

を逆にした言葉を掲げ、本書を締めくくることにしよう。
「将来どんなことが起こり得るかをすべて想定できる人間には、その中から最善のものを選び、最悪のものを避ける、最上のチャンスが与えられている」
米中もし戦わば 戦争の地政学

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