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1隻なのに部隊? Einheitのこと

きょうはドイツ語の翻訳のお話。

ドイツ語のSF小説、とくにスペースオペラによく出てくる「Einheit」。
いろいろな意味があって慣れないと悩まされるし
誤訳しやすい単語でもある…と思っています。

独和事典の説明

小学館の独和大辞典にはこうあります。

1. (ふつう単数で)一致, 統一, まとまり(など。以下略)
   Tag der Deutschen Einheit(ドイツ統一の日)みたいな。
2. (計量の単位としての)単位(以下略)
   die Einheit des Längenmaßes(長さの単位)が用例に挙がっていました。
3. 構成単位:(特に)[軍](編成数量の一定していない)部隊
   eine motorisierte Einheit(機械化部隊)が用例に。
4. (Par)[ゴルフ]パー

SFの翻訳で悩まされるのは3.の意味のとき。
大きく分けてふたつのケースがあります。


その1 Energieeinheit

謎が解けるとどうってことはない単語なのですが
はじめて遭遇するとかなり悩みます。
もちろん独和辞典には載っていません。

ドイツ語は
いくつもの単語を連結して新しい単語を作ることができるのですが
これもそういう造語。

Energie(エネルギー)とEinheitが合体しています。
ちなみにドイツ語では名詞の頭文字はすべて大文字で書かれます。

それでこのEinheitがどういう場面で登場するかというと
たとえば何か電気で動く装置を使っていて
電池(みたいなもの)が切れて交換する必要がある、というとき。
Energieeinheitを取り出して…ということになる。

SFを読み慣れている勘のいい方は
ドイツ語がわからなくてもすでに訳語が頭に浮かんでいるかもしれません。
エネルギー・〇〇〇〇という感じで。

でもそうじゃないと、なんだこれは…と悩み、
なかなか訳は浮かびません。
たぶん、意味としては独和大辞典の3.の意味。構成単位。
だからって「エネルギー・構成単位」なんて訳せるはずがありません。

行き詰まったら辞書を引きます。
とりあえず独独事典。
私はCasioのEX-Wordドイツ語モデルを使っているので
これに入っているDudenを引いてみます。

独和大辞典の1.と2.と同じ意味の説明は飛ばして
3.の意味と思われる説明。
   3 (bes. Milit.) zahlenmäßig nicht festgelegte militärische Formation
    (特に軍で)数は決まっていない軍事的な編隊

…なんだかわかりません。

何か専門用語というか業界用語っぽいかも…
SFの場合、独英事典を引くと解決することが多かったり、します。

で、EX-Wordドイツ語モデルに入っている
Oxford German Dictionaryの出番です。

A. Unity
B. (Maßeinheit, Milit.) unit

Aは「統一」ですから独和大辞典で1.の意味なのでここはちょっと違う。
たぶんBのほう。Maßeinheitは計量単位、Milit.はMilitär、軍の略。

unitを英和辞典で引くと
ひとつのものとか構成単位とか書いてあって
また思考の沼にはまりそうになりますが、

「unit」

よーく見てみましょう。

そう、「ユニット」です。
日本語にもなってますよね。
広辞苑にも載っています。
  ①単位。構成単位。
  ②〔教〕単元。
  ③ユニット‐システムに使う単位部分。
  [広辞苑 第七版]

たぶん
Energieeinheitは
もともとどこかにある大元のエネルギーの塊から
一部を取り出して持ち運べる形に加工されたもの。

だから「エネルギー・ユニット」で大丈夫。
SFの読者の方なら、あぁ見たことあるよ、と思われるかもしれません。

というわけで
Energieeinheitは解決したのですが
もうひとつ
タイトルに挙げた大問題がよく発生します。


いや宇宙船、一隻しかないよね???

壮大なスペースオペラでは
大規模な宇宙船団がよく登場します。

何千どころか何万隻…なんていうものも。

そこから数隻が偵察に出るときなどに使われるのが
「Einheit」
偵察部隊、と訳しておけば何の問題もありません。

ところがです。

この偵察に出る宇宙船、1隻しかない場合があるんです。

「部隊」、広辞苑にはこうあります。
  ①軍の一部をなす隊。指揮者に統率された軍人の集団。
  ②集団的な行動をとる人の集まり。「買出し―」
  [広辞苑 第七版]

ちょっと曖昧なので「隊」も引いてみました。
  ①共同の行動をとるために組織された集団。くみ。「―を組む」
  ②兵士の組織の一単位。
  ③律令制の軍団で兵士50人から成る部隊。指揮官は隊正。
  [広辞苑 第七版]

やっぱり「部隊」は集団で、1隻の場合に使うとおかしいようです。

ここでもう一度、独和大辞典に戻ってみましょう。

1. (ふつう単数で)一致, 統一, まとまり(など。以下略)
   Tag der Deutschen Einheit(ドイツ統一の日)みたいな。
2. (計量の単位としての)単位(以下略)
   die Einheit des Längenmaßes(長さの単位)が用例に挙がっていました
3. 構成単位:(特に)[軍](編成数量の一定していない)部隊
   eine motorisierte Einheit(機械化部隊)が用例に挙がっていました
4. (Par)[ゴルフ]パー

意味としては、3.のはず。
そして「構成単位」と書いてあります。

エネルギー・ユニットでもそうでしたけれど
もともと大元になる集団があって
そこから取り出された一部が、「Einheit」。
そう解釈していいはず。

そしてどこにも、そのEinheitが複数のものであるとは書かれていません。
「(編成数量の一定していない)部隊」の
「編成数量の一定していない」という但し書きもおそらくそういうことです。
Dudenにも書いてありましたよね。

3 (bes. Milit.) zahlenmäßig nicht festgelegte militärische Formation
    (特に軍で)数は決まっていない軍事的な編隊

そういうことなんです!
たとえ1隻でも
本隊から離れて行動する宇宙船は「Einheit」。

これはドイツ語が同じ単語の繰り返しを嫌い
別の言い回しを使おうとするために発生する言い換えである…と思っています。

GOOD HOPE(《グッド・ホープ》)みたいな宇宙船の名前ですとか
Raumschiff(宇宙船)、Schiff(船)みたいな言い換えとか
そういう単語を使った後に登場したり。

でも日本語は
同じ名詞の繰り返しをドイツ語ほどには嫌いませんし
1隻しかないEinheitを「部隊」と訳してしまっては
読者の方は複数の宇宙船グループを想像してしまい
話についていけなくなってしまいます。

ですから私が訳すときには
「宇宙船」と訳したり
「《グッド・ホープ》」みたいに宇宙船の名前にしたり
文脈に応じて訳し分けています。

エンタメ小説ですから
なんといっても大切なのは
作家の意図しないところで読者を迷子にしないこと。
こういうささいなところでつまずかずに
どんどん先に進んでもらうこと。

私はそう思っています。

Einheitをこんなふうに訳して「誤訳だ!」と言われたことはないので
たぶんいいのだろうなと思っていますけれど
ご意見などありましたら聞かせていただけますとうれしいです!

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