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歴史と未来、グローバルとローカルをつなぐ鎌倉の焼け跡古民家再生プロジェクト “Urban Cabin Black”


▪️地域と都市の場の力を浮かび上がらせる「家プロジェクト」
 直島や越後妻有で展開されているアートプロジェクトに「家プロジェクト」があります。1998年に宮島達男の「角屋」に始まったこのプロジェクトは、現在では、ジェームズ・タレルの「南寺」、内藤礼 の「きんざ」、杉本博司 の「護王神社」、大竹伸朗「はいしゃ」などの7軒が公開されています。島内に点在していた空き家などを改修し、その土地の時間と記憶を取り込み、空間そのものを作品化して国内外の多くの観光客に注目されています。

 地方の空き家だけでなく、東京2020の開催に合わせて街中で展開されている「パビリオン・トウキョウ2021」プロジェクトは、まさに都心の「家プロジェクト」、石上純也、真鍋大度、会田誠、草間彌生ら9人ものアーティストが、室内に展示されるいわゆる絵画や彫刻などからアートの概念を拡張し、建築や空間、環境や風景そのものを作品にして、東京の街中に点在させ、密を避けて回遊できる東京のシンボリックな屋外アートプロジェクトとして国立競技場の周囲のエリアを中心に運営されています。築100年の洋館KudanHouseの日本庭園内に設置された建築家の石上純也作品「木陰雲」はまさに時空間を旅する感覚を呼び覚まし、真夏の東京の中でも不思議な森の中にいるかのような涼しい風に吹かれながら何時間でも鑑賞できる場が構築されていました。炎で炭化した真っ黒の構造体は、廃墟のような趣が感じられ、新しい構造物にもかかわらず、築100年の洋館の庭にある樹齢100年を超える巨木の中に、それ以上の時の流れを予感させる匂いと木漏れ日が、自身の内なる記憶を呼び覚ましてくれます。

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パビリオン東京の石上純也作品「木陰雲」


 20世紀になり、現代美術を真っ白で無機質な「ホワイトキューブ」に展示して鑑賞するという米国の現代美術の鑑賞様式が確立されてきましたが、日本には古来より茶室の中に客人を迎え入れて、その季節や時候に合わせた美術品を床の間に設置する習慣が育まれてきました。茶室の中だけでなく、庭である露地、さらに、街の中心から普段は通行しないような路地裏を歩かせて門に到着するまでの道のりまでをも、ストーリーとして感じさせる力は、日本の文化の中に根源的にあるのではないでしょうか。

▪️焼け跡から生み出された、記憶と持続可能性のメッセージ
 “Urban Cabin Institute” の拠点の一つである力囲軒は、鎌倉の浄明寺エリアの山間の滑川に面し、築100年の明治末の古民家を石川県の加賀から移築した特別な空間として存在感を放っています。この建物はその非日常空間の中で国内・海外の賓客を招き、和と洋・伝統と現代の融合したおもてなしを体感する空間として使われていました。

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 しかし、2014年のある冬の夜、この力囲軒は原因不明の火事に見舞われてしまいました。建物は、堅牢な伝統的技法に守られ、外観は火事があったとはわからない状態で焼け残り、内部は黒く炭化し、室内の土壁はより強固な陶器のように高質化し、太い柱と梁も強固に焼け残り構造体を維持して焼け残りました。寒い冬の夜間に龍のように天井に達したであろう炎は、屋根にぽっかりと穴を開け、今も自然光を空間に注ぎ込んでいる。不思議なことに床や階段は焼けずに安全に歩ける状態で、今もその空間は維持されています。主人である山田長光は、こう話します。「この火事は、天が私に『無一物』の境涯を教えようとしているのか、『すべてが空(くう)であるから執着すべきものはなにもない』あとはここから再生すればいいのだ」と。


画像8雪の力囲軒。北陸の加賀から移築された築100年の「力囲軒」は北陸の豪雪にも耐え抜いた堅牢な建築物。


 2015年の春に、山田長光は鎌倉の在住のクリエイターたちのコミュニティ「NPOルートカルチャー」とともに、この力囲軒を「焼け跡ハイダウェー」として、炭化した柱・梁、崩れ落ちた家具や空間そのものに「時の記憶を封じ込めた」美しさを感じられるよう、その空間を掃除し、整え、人が集まり、その空間で出会う多彩なバックグラウンドの知識人たちが、アイデアを交わす場所として生まれ変わらせることとしました。

画像1『WIRED』日本版編集長・若林恵を招いてのトークセッション


 この空間は、その後、“Urban Cabin Black”として現在も焼けた状態が維持整備され、「山田家の記憶と永続性」をコンセプトにコレクションされた村上隆、宮島達男、宮永愛子、加藤泉、荒神明香、大塚聡らの現代アート作品を配置し、花を生け、自然光と蝋燭の明かりの中で作品を鑑賞し自身と対話する場として整えられました。年に数回ほど、「場をひらく」ために、各界で活躍するビジョナリーやビジネスパーソンが集い、古きと新しさの融合、人工と自然のコントラストを感じ、日常の煩いを忘れて、アイデアを交わす場所として営まれています。

画像5黒く焼け焦げた空間で光を放つ宮島達男のデジタルアートは、永遠の時の流れを表現する。
画像8変化し続ける時間の痕跡をナフタリンで封じ込め、その結晶を今に置くことで重ねてきた歴史に想いを馳せる宮永愛子の「鍵」
画像8焼けただれたガラスを集めて現代アーティスト荒神明香の手によって再生されたシャンデリア

▪️未来へとつなぐ「大地の再生」プロジェクトこの力囲軒

“Urban Cabin Black”では、2021年より、建物の前庭を改修し鎌倉の「大地の再生」プロジェクトに取り組んでいます。近年の豪雨による土砂災害は、気候変動による温暖化、その原因と言われている二酸化炭素の排出量だけでなく、コンクリートの地盤や植物が植えられずに固められた土地・塀で囲われた住環境も一つの要因かもしれません。かつては、木々の根や井戸水によって地中の水脈の流れが維持され、生垣の緑の塀のスキマから緩やかに風が流れていたのが、区画によって分断されて多様性が失われしまっているのが現在の鎌倉です。それによって、植物の成長は妨げられて、空気の淀みが起こり、結果として、人々の生活にも影響が起き始めています。

 「大地の再生」プロジェクトは、浄明寺エリアの滑川に面する“Urban Cabin Black”の庭に地下水脈の流れをつくりなおし、塀で囲まれた庭に植物を植えなおし、空気の流れを再生することで、持続可能な環境を取り戻すプロジェクトです。庭の中に小さな山・渓谷が生まれ、見えない地中にも空気と水の流れができ、持続サイクルが作り出されます。

画像4大地の再生プロジェクトで工事中の庭(2021年7月)

グローバルとローカルを接続し、鎌倉に暮らす人々の営みと山田家が守る歴史の重なりを感じながら、多様な人々との出会いによりさまざまなエピソードが今も生み出されています。都市と地方、若者とお年寄り、住む人と訪れる人とが交流していく中で生まれる新たなコミュニティや場として、“Urban Cabin Institute”は、日々変化しながら進化を続けています。

(文:墨屋宏明)















































































 グローバルとローカルを接続し、鎌倉に暮らす人々の営みと山田家が守る歴史の重なりを感じながら、多様な人々との出会いによりさまざまなエピソードが今も生み出されています。都市と地方、若者とお年寄り、住む人と訪れる人とが交流していく中で生まれる新たなコミュニティや場として、“Urban Cabin Institute”は、日々変化しながら進化を続けています。

(文:墨屋 宏明)





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