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車の衝突安全について

【はじめに】

車の衝突安全は車の性能の中で最も大事な性能であるのにも関わらず、ユーザーからは比較的軽視されてきました。

近年では安全性の優先順位は向上しているものの1位にはまだ程遠いです。


【衝突するということ】

衝突するということはそれまでの速度で進んでいた車が何かにぶつかって急激に減速するということです。

車が走っているということは、その中にいる人や荷物なども同じ速度で走っています。

車が急減速するということはその中の人や物も急減速を余儀なくされます。

急減速出来なければ車を突き破って車外に放り出され、路上の何かにぶつかることになります。

仮に車がとても硬かった場合、人や物も同じ衝撃を受けることになります。

例えば40km/hでも6mの高さから飛び降りるのと同じ衝撃で、自重の30倍の力がかかります。

これを和らげるのが衝突安全性能です。


【衝突安全の基本的な話】

キャビン(乗員室)は頑丈に、それ以外は速度を減衰させるように工夫することが基本です。

前述のように急減速を余儀なくされるので、衝突の瞬間から速度を徐々に減速し、乗員への衝撃をできるだけ少なくする必要があります。

いくら頑丈なキャビンを作っても、速度を減速する部分がないと、衝突時に車に乗員がぶつかります。


【安全にお金を払う】

お金を払ったからといって完全な安全が手に入るわけではないですが、タダで安全は手に入りません。

安全のための構造を実現するためには材料費もかかるし、重くなります。

重くなると燃費は悪くなるし、エンジンのパワーも弱く感じます。

エアバッグ等の安全装置にも余計にお金を払うことになります。

厄介なことに衝突安全性というのは通常の走行時にほとんど恩恵を受けられないものです。

しかも、ぶつかったときに必ず恩恵が受けられるのかは想像の域を出ません。

安全に対する優先度が低くなるのはこういった理由です。

死にそうな目に合うと人は変わると思いますが、死ぬ前に死にそうな目にあえる人はなかなかいないのでなかなか人の意識は変わらないと思います。


【衝突安全基準】

日本では道路運送車両の保安基準 第18条で以下の技術基準が定められており、基準を満足しない製品は型式認定を受けることが出来ません。

・前面衝突時の乗員保護の技術基準
 フルラップ衝突で固い壁にぶつかる(50km/h)
 オフセット衝突である程度の固さの構造体にぶつかる(56km/h)
・側面衝突時の乗員保護装置の技術基準
 側面である程度の固さの構造体をつけた950kgの車体をぶつける(50km/h)
・歩行者頭部保護の技術基準
 頭部に見立てたインパクタをボンネットに射出する

出典:道路運送車両の保安基準(H29.04.04. 現在)
http://www.mlit.go.jp/jidosha/jidosha_fr7_000007.html


フルラップというのは車体の正面を全て覆う壁に衝突する試験です。

オフセット衝突は車体正面片側の40%の部分にぶつける試験です。
対向車とぶつかることを想定していて、固いものではなくアルミハニカム製の変形するバリアにぶつけます。

側面衝突は横から車がぶつかってくることを想定していて、変形するバリアをぶつけます。

頭部に見立てたインパクタは衝撃を計測できるように出来ています。


【衝突安全評価】

衝突安全基準とは違い、法規認証ほどの拘束力はないですが、メーカー横並びで比較できる評価です。

〈JNCAP〉

日本ではJNCAPという評価があります。

以下のHPで公開されています。
http://www.nasva.go.jp/mamoru/index.html

JNCAP(JAPAN New Car Assessment Programme)の略です。

日本語に訳すと日本新車評価です。

日本と衝突安全基準よりも若干高い速度で厳しめの評価になっています。

・フルラップ衝突は55km/h(基準は50km/h)
・オフセット衝突は64km/h(基準は56km/h)
・側面衝突は55km/h(基準は50km/h)


衝突安全基準以外にも
・チャイルドシートの安全性
・予防安全装置
・電動原動機自動車の感電保護性能
・後部追突時頸部保護試験
・歩行者脚部保護性能試験
・警報装置の使い勝手
・ブレーキ性能試験
なども評価対象にしています。

出典:自動車アセスメント 衝突安全性能評価
http://www.nasva.go.jp/mamoru/download/JNCAP_2017_full_x-1a(jp).pdf


〈NCAP〉

米国の政府機関であるNHTSA(北米運輸省道路交通安全局)が実施する評価です。

日本のJNCAPのモデルになった評価です。

北米の基準(FMVSS=連邦自動車安全基準)よりも厳しい評価になっています。

・フルラップ衝突は56km/h(基準は48km/h)
・オフセット衝突は64km/h(基準は無し)
・側面衝突は54km/h(基準は62km/h)
※ボディ中心に対して直角ではなく、27度の角度を付けています

FMVSSではロールオーバー試験を実施していて他の試験にない特色があります。


〈ユーロNCAP〉

ヨーロッパ版のNCAPです。

やはり、安全基準より厳しめの評価になっています。

・フルラップ衝突は無し(基準も)
・オフセット衝突は64km/h(基準は56km/h)
・側面衝突は55km/h(基準は50km/h)


〈IIHS〉

米国道路安全保険協会が主催する評価です。

オフセット衝突も車体前面の25%をぶつけるという厳しい試験をしています。
(スモールオフセットと言います)

他にも後突試験を行うなど、各国の衝突安全基準やNCAPで実施していない内容も含まれています。


【国際的なの安全基準の違い】

国によって基準は違います。

安全性に対する重視/軽視という違いというよりも、交通環境の違いが大きいです。

欧州と北米では右折(日本でいう左折)は前方の信号に寄らず行って良いので、側突の安全を重視します。(横からぶつかられる機会が多いので)

基本的には各国の条件を全て満たすように設計される事が多いようですが、国によって安全基準が違うので、安全基準への対応をローカライズすることがあります。

各国のデザイン志向の違いがあるため、外装の変更と共に行うケースが多いです。


【試験は厳しければ良いのか?】

後述しますがフロント衝突安全構造の役割は速度の減速にあるので、想定する速度が速ければ速いほどそのエネルギーに見合った構造を取ることになるので固くなります。

固くなればなるほど、その速度よりも低い速度での乗員への攻撃性が増します。

日本の公道での最高速度100km/hですが、100km/hでぶつかることを想定するよりも、交通死亡事故のボリュームゾーンへの対応が現実的な効果が高いです。

あまりに厳しい試験は、現実離れを起こす可能性があります。

ただし、様々なシチュエーションに対応しておくことは有意義だと思います。
事故の状況は千差万別なので。


【衝突安全のための構造】

〈前面衝突〉

近年はエンジンルームにフロントサイドメンバーと呼ばれるフレームを前方に伸ばし、フロアやAピラーや天井に衝突エネルギーを逃がす構造が多いです。

衝突時の減速度をサイドメンバーの設計でチューニングするので、衝突の速度基準が変わったり、車の重量が変わったりした時にメンバーを変えることで対応します。

ミッドシップの車なんかはクラッシュボックスを設けて減速の調整をします。


減速出来る距離は車の先端からキャビンまでが最長なので、だいたい1mくらいの間で上手に減速しなければいけません。

冒頭に40km/hの衝突は自重の30倍(30G)の力がかかると言いました。

理想的に潰しながら等加速度で減速したとして、1mで40km/hを減速すると6.3Gで済みます。

衝突安全基準はもう少し速度が高いですが、ここまで衝撃を下げるのが衝突安全構造です。

前面衝突は速度を減速するのが目的ですが、他にも後部からの追突や側面からの衝突(車や電柱)に対してもキャビンを頑丈にすることで対応しています。

またキャビンを頑丈に作るとしても所詮は鋼板の貼り合わせです。

エンジンやホイールなど頑丈で潰れにくい装置はキャビンにぶつかるとキャビンを損傷するおそれがあるので、硬いものは下や横に逃がして外れるようにしてあります。


〈オフセット衝突〉

フルラップ衝突と考え方自体は同じですが、オフセット衝突は左右あるサイドメンバーの片側だけで衝撃を吸収する必要が出てきます。

片側での強度を強くするとフルラップ衝突の際に強度が強すぎて、フルラップ衝突の際に衝撃が吸収しきれない可能性が出てきます。


〈側面衝突〉

側面は正面と違ってクラッシュストロークが得にくいので、衝撃をいかに逃がすかがカギになります。

衝突安全性能がTVCMで叫ばれていた当時サイドインパクトビームという言葉が有名になったかと思います。

それまでドアはあまり頑丈なモノではなく、外装と内装そしてガラスの開閉機構とスピーカーを内蔵するだけの薄っぺらい箱でしたが、サイドインパクトビームという金属製の頑丈な構造体(パイプ等)をドアの中に内蔵することで側面衝突にも耐えられるようになりました。

他にはBピラーで衝撃を受けることにより、サイドシルや天井に衝撃を逃がすように出来ています。


〈ポール衝突〉

信号機や電柱等、路上にはポール上の障害物があります。

これらに衝突したことを想定した安全構造です。

側面衝突に考え方は近いですが、細いので衝撃が集中しやすくなります。

ピラーよりはサイドシルや屋根の構造が重要になってきます。


〈ロールオーバー〉

ロールオーバーでは、屋根とそれを支えるピラーの強度が重要になってきます。

普通の車はそれで良いですが、オープンカーの場合、屋根を開けているときはAピラーしかないのでAピラーの頂点に衝撃が集中します。

2シーターの場合はAピラーとトランクで車体の重量を支えることで路面に乗員がぶつかることを阻止できますが、4シーターの場合後部座席の人が死にます。

トランク以外にも重量を支えて乗員頭部と地面のクリアランスを保つ仕組みが必要なので、シート後方にポップアップ式のロールバーを備えたり、シートのヘッドレストで重量を支える仕組みを採用したりします。


〈歩行者衝突安全〉

歩行者の安全は今の基準では頭の損傷軽減を第一に考えたものになります。

車の先端は基本的には低い位置に付いているので、人は足がはじめにぶつかって、車に倒れこむ形になります。

頭は基本的にボンネットで受けることになります。

ボンネットは金属製とはいえただの板なので曲がることで衝撃を吸収します。

曲がった先にエンジンがあるとせっかくボンネットが曲がってくれたのにその先のエンジンとぶつかってしまうので、ボンネットとエンジンの間に空間を設ける例が多いです。

ボンネットの低さをデザイン上重要視している車は、歩行者との衝突時にボンネットが持ち上がることでエンジンとの間の空間を設けるものもあります。


歩行者がぶつかりやすい部分にはワイパーやAピラーやボンネットヒンジがあり、これらは結構頑丈にできています。

Aピラーは横転(ロールオーバーといいます)の時に屋根がつぶれないように支えるためにかなり頑丈にせざるを得ませんが、他の部分はわざと壊れるように作られています。

Aピラーは頑丈なため、ぶつかると歩行者は重症になってしまうので最近では車体外側にエアバッグを展開したりします。

また、頭以外はどうでもいいというわけではなく、例えば高齢者の場合、脚部の損傷が寝たきりに繋がる可能性が高いのでバンパーにも対歩行者の衝撃吸収構造を設けています。


【エアバッグ】

乗員の頭部が衝突時に室内に直接ぶつかることを防止するものです。

エアバッグは柔らかそうに見えますが、衝突を検知してから乗員の頭がぶつかってくるまでの時間で展開する必要があるので、急激に膨張する薬品を使います。

この薬品は簡単に言うと爆薬です。

人の頭は5kgぐらいあり、とても重いです。
重いのでヤワな内圧では受け止めきれません。
受け止める直前にはかなり固くなっています。

薬品で膨らんだエアバッグは膨らんだ後でドライバーの頭部を受け止めることを想定されており、ぶつかった後の衝撃吸収のために理想的な速度で気体を抜くチューニングが行われています。

また、速度が違うと頭が来るタイミングや速度が変わるため、薬品への点火を多段階にすることで展開速度を変えたりします。


エアバッグはSRSエアバッグと言います。

このSRSというのは「Supplemental(補助) Restraint(拘束) System(装置)」の略であくまで補助装置です。

なんの補助をする装置なのかというとシートベルトの補助をします。

シートベルトをしないと正しい位置に頭が来ないし、頭が衝突するまでの時間が変わってきてしまうのでエアバッグが加害装置になってしまいます。

必ずシートベルトはしましょう。


【衝突安全ボディの名称】

トヨタが衝突安全ボディにGOAという名前を付け、「GOA下さい」というTVCMを打ってアピールしていました。

それに比べると、その他のメーカーはあまりアピールに積極的ではなかったと思います。

他のメーカーも有名ではないですが以下のように名前を付けて衝突安全性能を謳っていました。

日産 ゾーンボディ
ホンダ G-CON
マツダ MAGMA
スバル クラッシュセイフ・ボディ
スズキ TECT
ダイハツ TAF
三菱 RISE

現在は衝突安全のための構造としても重要ですが、コストを含めた総合的な性能を担保するため様々な対策が盛り込まれています。


【あとがき】

車はとてもリスクの高い乗り物なので、安全第一が基本です。

安全第一ということは、安全が最優先だということです。

近年は予防安全技術が急速に普及しているので衝突安全はあまり着目されませんが、予防安全にはまだまだコンディション上の課題がたくさんあり、いついかなる時でも働くとは限りません。

衝突安全はそんな時でも働いてくれます。

安全性能は公表されているので、無理のない範囲で安全性の高い車種を選ぶのが良いと思います。

予防安全技術については下記のノートにまとめてますので見てみてください。


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