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あいとは

「なぜ人を愛さなきゃいけないんだろうね」
君の問いに僕は答えられなかった。
ふと思い出した。思い出してしまった。
やっと忘れていたのに。忘れたはずなのに。
僕も同じことを聞いた人がいた。
でもあの人は教えてくれた。
「人は愛そうとするのではなく自然と愛しているもの」なのだと。
あの人はいつも明るかった。
表情、行動、言葉までもが、輝いて見えた。
僕には眩し過ぎて、でもその明るさが心地良くもあった。
ある日、その人からの不在着信が入っていた。僕はすぐに折り返した。
「………………………………」
僕は走った。
あの人に会うために。
あの人に伝えなきゃいけない事がある。
場所は知ってる。2人で過ごしたあの部屋。
勢いよくドアを開けた。
僕は何もせずただそこに立っていた。
何をしていいのかわからなかった。
帰り路、冷徹な雨とともに生暖かい雨が頬で交じって気持ちが悪い。
この時僕は愛を知った。

こんな事、君には伝えられない。
伝えた方がいいのかもしれないけど、これはあまりにも残酷で鋭利なこの想いは僕の言葉では、君の芽吹くかもしれないその華を、紡いで、跡形もなく切り裂いてしまいそうで怖かった。そして何より君を失う事が。
君は強い。
こんなことでは動じないのかもしれない。
でもそれは君が愛を知らないからなのだ。
きっと知ってしまったら、後戻りはできない。僕もこれを恨み憎み、そして囚われ、身動きが取れなくなった時もあった。
この苦しみは知らない方が楽なのだろう。
愛は人にいろんなものを与え、そして奪う。初めは0なのだ。そこから増えに増え、積もり溢れる。だがそれが一瞬にして儚く散った時は、0には戻れない。底の見えない闇に引き摺り込まれるような感覚に陥る。
でも、君はまだ0なのだ。
増えることも減ることもない。
それはいいことなのかもしれない。
いっそこのまま…
「まぁいいや、ごめんね、変なこと言って」
そう言うと彼女は行ってしまった。
僕は後退り、引きとめようとしたが、体が言うことを聞かなかった。
やはり怖かったのだ。
彼女を壊してしまうんじゃないかって。
僕は言い訳を重ねた。
自分を守るために。

結果、僕の悔いた。
彼女は、愛を知らずに僕の前から消えた。
急だった。
もう届かない。
また1人になってしまった。
2人とも僕を置き去りにしていってしまった。
裏切られたと錯覚してしまう程に、僕の中の光はなくなってしまった。
いや、これも言い訳なんだ。
僕は元から弱い人間だ。
どうすればいいのか、答えが欲しかった。
教えて欲しかったんだ。
でも、教えてもらったところで、僕はまた後悔する。
以前と同じように。

僕は向き合った。自分と。これからと。
これでいい。
とても明るい天使の輪を、首に巻き、何も芽吹くことのない地面を蹴り上げる。
苦しい。
痛い。
もうやだ。
辛い。
でも、あと少し。
やっとこれで。
視界がぼやけてきた。
感覚もほぼない。
2人が目の前に見えた。
今そっちに行くからね。
そしたらまた。
僕はまた涙を流した。最期の最後まで。
数秒後、脱力しきった僕は、首だけ繋がれた操り人形のようだった。

そんな僕を2人は笑ってくれたような気がした。