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『求む!世界最強のたまごかけごはんの作り方』 3杯目

両開きの扉が押し開けられる。びょうびょうと砂混じりの風が吹き込み居並ぶ悪漢達がジョッキを手で押さえながら侵入するシルエットを睨む。

フード付き防塵コートの背に大剣を吊るした大男が金属音を鳴らしながらバーカウンターへ歩み寄り防塵フードと防塵バイザーを外して苦み走った表情のマスターと視線を交わす。「アイスミルク、それと先輩方にはジョッキのお代わりを」淀みなく注文を終え竜鱗を加工したコインを放り投げた。

悪漢達は胸をなで降ろし新顔を歓迎する。「竜を斬ったか!」「こいつはドレエレー新入りだぜ!」そして、いつもの通り一日の稼ぎがすべて干し肉とビールに注ぎ込まれる。そんな荒くれ者が巣食う荒野のサルーンに似つかわしくない男がひとり。

『剣士様、お待ちしておりました』塵の一粒も付着していない、不自然なほど整った燕尾服に身を包んだ長身痩躯の男は慇懃な態度で本題を切り出す。
『"卵"を……お探しだとか?』
魔剣士が目を見開いた。

承前

極楽寺学園付属極楽寺スタジアム。収容人数一万人の多目的競技場は満員御礼となった。吉田新田高校主将の山田と極楽寺学園のエース氷田の直接対決とあっては全校生徒どころか近隣住民が全員集まるレベルのプラチナチケットである。

極楽寺学園応援部が盛り上げると全国金賞の吉田新田高校吹奏楽部がやり返す。両チームが固く握手を交わし守備位置につく。もちろんフルメンバーだ。スタンド席にはスカウトの姿もチラホラしておりマネージャーは祈りを捧げる。

ルールはこうだ。

・決闘は三打席勝負。
・ホームランまたはギブアップまたはK.O.で決着。
・公式球の代わりに例の"生卵"を使用。
・あくまで"生卵"を割るための調理行為なので決闘ではない。

柳小路ひよ子は、特等席(アンパイヤの位置)でほかほかご飯を片手に観戦している。

「プ、プレイボ~~ル」

ひよ子が茶碗を掲げると極楽寺スタジアムにサイレンが鳴り響いた。

◆◆◆

ズバンッ!「ストライク!バッターアウッ!」

149km/hの生卵がキャッチャーミットに収まる。マウンド上のエース氷田の肘は完全復調していた。187cmがさらに大きく見える右オーバーハンドは灯台さながらであり、七色の変化球を操る姿は江ノ島シーキャンドルにも例えられる。

一方、左打席に直立する山田はやや肥満にすら見える体つきだがその鍛え上げられた肉体は現実離れしたヘッドスピードを生み出す。だが、ここまで一度のスイングもしていない。見逃し三振で第一打席を終えた。

二本目開始。

キンッ 「ファール!」 「ファール!」「ファール!」「ファール!」

一打席目で氷田の球筋を見抜いた怪物山田は四球連続のファール性の当たりで氷田を焦らす。氷田の奥の手を引き出すための試し切りである。

なお、バットで繰り返し殴られた"生卵"は一切の無傷。卵の損傷に関しては極楽寺学園の非破壊検査部が打卵へ走り寄ってスキャンを行い確認をしている。(「無傷!」)

山田はヘルメットのつばの下から氷田を鋭く見つめる。(来い!)氷田は頷き、殺人魔球《氷結スライダー》をオーバーハンドから解放(リリース)した。

ヒュン シュババババッ

150km/hの生卵がほぼ直角の軌道でホームベース上の右サイドから左サイドへスライスし打者を凍えさせる切れ味を見せる。(予測通り!)山田がフルスイングでミートを試みる!!

ドゴォッ

山田が約4m吹き飛び一塁側ベンチを破壊してダッグアウトに転がった。

「デッドボール!!」

「待ちな.……ぐふっ……スイングが……先だったぜ……」

「ス、ストライク!バッターアウト!」

二連続三振でツーアウト。バットを杖に立ち上がった山田はそのまま第三打席へ向かっている。スタジアムは大歓声で山田のスポーツマンシップを称える。なお山田の肉体と卵に関しては、非破壊検査部の非破壊検査で致命傷がないことが確かめられている。(「無傷!」)

ついに決闘は三本目を迎えた。氷結スライダーを破らぬ限り山田に勝ち目はない。しかし、その打ち気を読まれれば緩急をつけた直球で仕留められてしまう。山田は心頭滅却しゾーンへ潜る。読み合いでは勝てない。考えるな。氷田は最高の球を投げ込むはずだ。まずは定石通り外角低めのストレート。(ストライク!)そして二球目も同じコースでストライクゾーンをわずかに外すストレート(ボール!)次に来る。俺はお前を信じる。

(来た!)

ヒュン、キンッ

ワーーー ワーーー ワーーー ワーーー

内角を抉る氷結スライダーを掬い上げた打球は左翼青天へ飛びポール手前でスタンドに吸い込まれた。

「ファール!」

「無傷!」

ワーーー ワーーー ワーーー ワーーー

そして第三打席は、ツーアウト、スリーボール、ツーストライク。いよいよ最終局面を迎える。マウンド上で氷田は生卵を見つめて凍りついていた。この局面はもうあの卵しかない。怪物・山田を討ち取るための魔球に右肘は耐えられるのか。

(もうやめて……)その内心を誰よりも知るマネージャーがベンチで祈る。

マウンド上の時間が凪めいて静止。スタジアムは静まり返りスローモーションめいて動き始めた氷田の投球モーションを見守る。

ついに氷田が《宜野座氷結スライダー》をリリースした。ほぼ垂直に墜落した縦スライダーの生卵はホームベース上でワンバウンド。山田のスイングは空を切った!!否、怪物山田のスイングは止まらない!一回転して勢いを増した秘打が中空の白卵をジャストミートした。

ワーーー ワーーー ワーーー ワーーー

打卵はセンターバックスクリーンへ一直線!!マウンド上で膝をつく氷田、駆け寄るマネージャー(氷田君!)、進塁しようとしない山田、片手に茶碗をもったまま固まるひよ子。

アンパイアのアナウンス「打者山田選手の二度目のスイングは無効!三振と判定します!」

ルール上は氷田の勝利。しかしホームランでもある。共に勝利した少年たちはマウンドで握手を交わす。そもそもこれは決闘ではない。全力で強敵と向き合うひとつのケジメなのだ。そして、この試合の結果は、卵の状況に委ねられた。

「無傷!」

観客席が沸いた。ひよ子は中腰姿勢のまま固まっている。なんだかいい感じの氷田とマネージャー。「すまん。この勝負に勝ち君の気持に応えたかったんだが」「おいおい、この勝負はお前の勝ちだろ」「山田君……」「そうだな。好きだ!マネージャー!」「ッ!(息が詰まる)」「おいおい、そういうのは俺たちがいないところでやってくれよな」「みんな!」「チクショー!」「わっはっは」「お前らグランウンド百周だ!」「やべえ!逃げろ!」

走り去っていく球児たち。傾く日差し。観客席は無人。

あまりの展開に「お……おごごごご……」と唸ることしかできない中腰で固まったままのひよ子の元へ、つまむように"卵"を持って燕尾服に身を包んだ長身痩躯の男がやってきた。

『完全に告白のダシにされましたねえ』

「おごごご……先輩が……」

『そういえば、貴方にニュースがあります。野球部の告白を目撃した全校生徒が卵割りをダシにした告白イベントを次々と計画していますよ』

「おご?」

『まずラグビー部、卵をトライをしてマネージャーに約束の花園を見せるつもりですね。次はクリケット部、おやおや、試合時間は最大で5日ほどかかるようです。ティータイムに割って愛を伝えるつもりのようです。映画部、事故物件部、軟式テニス部、特撮部、おやおや……お盛んなことで……』

「あ、悪魔さん!!」

『はい』

「早くあの卵を割って、この地獄を終わらせてください!!」

クスクス……

『その願い……叶えて差し上げましょう!』

「やった!お願いします!」

『《特異点(マクガフィン)》!!』

悪魔がパチンと指を鳴らし、それは完了した。しかし、何も変化はおこらない。生卵は依然そよそよと潮風を受け微笑んでいる。

「あの……」たまご、全然、割れてないじゃん、コラ、という主張を身振り手振りで猛アピールするひよ子。わかってんのか、オラ、なにしとんじゃ、ワレ。

『ご安心下さい。私の呪術によって

この宇宙すべてのあらゆる問題が「その卵を割る」ことで解決するように因果を設定いたしました。

つまり、力試しの男たちだけではありません。日本中、世界中、宇宙や異世界からも力自慢が訪れることでしょう』

「へ……?」

『ささやかな家庭問題も、未来戦争の救世主を救う手段も、クリスマスの夜に家族と和解する方法も、すべてはあなたの手の中です!!』

「ちょっとちょっとちょっとちょっと待って待って待って待って」

『これから、もぉっとお客さんが増えて楽しくなりますよ』

その招待については私も微力ながらお手伝いいたします、と悪魔が小さく付け加えウィンクした。

『全宇宙存在へ通告《「最強のたまご」かけごはんの作り方を募集します。素手、武器、暗器、部活、魔法、化学、魔獣、とんち、チート、手段は問いません》』

そして顎を外したまま硬直するひよ子を残して日は沈み、逢魔が時が訪れた。

【つづく?】


第一話(逆噴射小説大賞2019応募作)


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