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『《全知図書館/Lyceum》炎上』

その異変はまず異国の破片世界《シャード》で発見された。

ボランティア司書自称者の書籍蒐集編集魔術師が全知図書館(Lyceum/ライキューム)へ訪れたところ、これまで図書館へ収蔵され書棚にロックされていた書籍類が全て地面へ落下しており、高度魔術地の特性(書籍やアイテムを風化させ糧とする)により全てが塵と化していた様子を目撃した。この魔術師は恐怖のあまり発狂して辺り構わず放火。異国地の図書館は燃え墜ちた。この魔術師の墓は全知図書館の裏手に現存する。

この異国地の全知図書館炎上の報は瞬く間に書痴業界の間を駆け巡った。

摩訶不思議世界ソーサリアは一つの大きな宝石に例えられる。昔話によれば、大魔導士が世界を閉じ込めた宝石を真の勇者が割り砕き無数の破片世界が誕生した、とされている。人々はオリジナルの分岐的コピーである破片世界(シャード)に住まい、それぞれの別個の歴史を歩んでいるがオリジナル世界が歩むべきだった歴史についてはその影響を免れ得ない。つまり、オリジナルに近い破片世界の異変は遠からず我々の住む破片世界へ到達するということだった。

こうして「全人類の共有財産」たる全知図書館の書籍を保護するための争奪戦の号砲が鳴らされた。

「かねてから噂されていた戦争が開始され蔵書は焼失する!よってこの収奪は大義である!!」

図書館へ収蔵されている原書を収奪すべく大挙して書痴の群れが押し寄せる。書架へ厳重にロックされたままの書籍を盗むために雇われたのが闇稼業の実力者たちだ。

《"万引き"のドロ》が来る。
殺人者の武器を盗んだ《"無刀取り"のJ》が来る。
生ける伝説《"生誕レア"のサム》が来る。

名うての盗賊や義賊によって、名作小説から何十年も書き足され続けた日記までが奪い去られようとしていた。こうなると書写業界(Scribe)も黙ってはいない。直接窃盗を良しとしない彼らは原書のコピー作業で収奪に対抗した。

そして……「ガード!書籍泥棒がいるぞ!」「グワーッ!」通報である!

タウンガードのバルディッシュによって"万引き"が引き裂かれ絶命した。共に目的を同じとするはずの保全事業が惨劇を生み人々の心は千々に乱れた。またひとつ新たな墓標が建つ。善良な人々自身の手によって。

ある破片世界では好事家の大富豪が組織だった行動で蔵書の退避を完了させた。手段を書籍のコピーのみに制限し、担当書棚を決めて手分けして荷ラマやワゴンビートルに搭載していく。

私財を費やす富豪が居て書籍保管領域を設けることができた破片世界は幸運である。だが、いつ再び戦火が都市を襲うかわからない。蔵書は図書館へ書き戻されず、やがて大富豪は寿命を全うして屋敷は蔵書ごと倒壊し図書館の裏に新たな墓が増えた。

ある破片世界ではデモ行進が発生した。「神はプレイヤーの歴史を冒涜するのか!」その破片世界で一番の有力者を名乗る令嬢が声を上げた。おお、これなら声は届くだろう。なぜなら彼女は最も優れた神の民なのだから。大きな家もアーティファクトも持っている!だが、神はすでにいなかった。

神の不在の理由は「持たざる者に焼き殺された」から、とも「銀蛇のネックレスと共に宇宙へ旅立った」とも言われている。また一つ墓が増えた。

最初の異変からしばらくして、全破片世界が戦火に見舞われた。無数の本が奪われ燃やし尽くされ、『書痴の墓/ライキューム』は炎上した。

だが、それは多くの自称勇者(アバタール)にも神の使徒(キャメロット)にも顧みられることはなく、歴史にも残らず、ただ静かに墓の形で葬り去られている。彼らは強大な武力と希少なアーティファクトに心奪われ闘争に明け暮れた。目の前に世界に1冊のレアアイテムがあったというのに。

嗚呼、歴史は語る者を失い、誰にも顧みられることなく最期を迎えるであろう。私がその最後の一人かもしれないが。 Dxxbx the scribe.

駐:(署名は捺し消されているため読みとれなかった)

この手帳はライキューム裏手にある編纂者の墓の上に苔むした姿で発見された。私は一輪の花を手向けると懐にしまい込んだ。(とある牧羊家)

墓参り


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